法制審議会民法(相続関係)部会第21回会議資料21積残しの論点について⑵(補論)

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目次

第1 配偶者の居住権を保護するための方策

1 配偶者の居住権を短期的に保護するための方策

⑴ 居住建物について遺産分割が行われる場合の規律

ア 短期居住権の内容及び成立要件

① 配偶者は,相続開始の時に被相続人の建物を無償で使用していた場合(その建物の全部又は一部を居住の用に供していた場合に限る。)には,遺産の分割によりその建物の帰属が確定するまでの間,無償でその建物の使用及び収益をすることができるものとする(以下では,この権利を「短期居住権」という。)。ただし,配偶者が遺贈又は死因贈与によりその建物について長期居住権(後記2)を取得した場合は,この限りでないものとする。

② 短期居住権によって受けた利益については,配偶者の具体的相続分からその価額を控除することを要しないものとする。

イ 短期居住権の効力

(ア) 用法遵守義務及び善管注意義務

配偶者は,従前の用法に従ってア①の建物(以下1において「居住建物」という。)の使用及び収益をしなければならないものとする。

(イ) 必要費及び有益費の負担

① 配偶者は,居住建物の通常の必要費を負担するものとする。

② 配偶者が居住建物について通常の必要費以外の費用を支出したときは,他の相続人は,民法第196条の規定に従い,その法定相続分に応じて,その償還をしなければならないものとする。ただし,有益費については,裁判所は,他の相続人の請求により,その償還について相当の期限を許与することができるものとする。

(ウ) 短期居住権の譲渡及び賃貸等の制限

配偶者は,他の相続人の承諾を得なければ,第三者に居住建物の使用又は収益をさせることができないものとする。

(エ) 損害賠償及び費用の償還の請求権についての期間の制限

① (ア)又は(ウ)の規律に違反する使用又は収益によって生じた損害の賠償及び配偶者が支出した費用の償還は,居住建物が返還された時から一年以内に請求しなければならないものとする。

② ①の損害賠償の請求権については,居住建物が返還された時から一年を経過するまでの間は,時効は,完成しないものとする。

ウ 短期居住権の消滅

① 配偶者がイ(ア)又は(ウ)の規律に違反して使用又は収益をしたときは,他の相続人は,各自短期居住権の消滅を請求することができるものとする。

② 短期居住権は,その存続期間の満了前であっても,配偶者が居住建物の占有を喪失し,又は死亡したときは,消滅するものとする。

③ 配偶者は,短期居住権が消滅した場合(配偶者が長期居住権を取得した場合を除く。④から⑥までにおいても同じ。)には,居住建物の返還をしなければならないものとする。

④ 配偶者は,短期居住権が消滅した場合には,相続開始の後に居住建物に生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた損耗及び経年変化を除く。)を原状に復する義務を負うものとする。ただし,その損傷が配偶者の責めに帰することができない事由によるものであるときは,この限りでないものとする。

⑤ 配偶者は,短期居住権が消滅した場合には,相続開始の後に居住建物に附属させた物を収去する義務を負うものとする。ただし,居住建物から分離することができない物又は分離するのに過分の費用を要する物については,この限りでないものとする。

⑥ 配偶者の死亡により短期居住権が消滅した場合には,配偶者の相続人が④本文及び⑤本文の義務を負うものとする。

⑦ 配偶者は,相続開始の後に居住建物に附属させた物を収去することができるものとする。

⑵ 配偶者以外の者が無償で配偶者の居住建物を取得した場合の特則

① 配偶者は,相続開始の時に被相続人の建物を無償で使用していた場合(その建物の全部又は一部を居住の用に供していた場合に限る。)において,配偶者以外の者が遺言(遺贈,遺産分割方法の指定)又は死因贈与によりその建物の所有権を取得したときは,その建物の所有権を取得した者から明渡しの催告を受けた時から6か月を経過するまでの間は,無償でその建物の使用及び収益をすることができるものとする。

② 短期居住権の存続期間以外の規律は,⑴に同じ(注)。

(注) ⑴において他の相続人が負担することとされている必要費又は有益費の負担者や短期居住権の消滅請求権等の主体は,居住建物の所有権を有する者となる。

(補足説明)

1 配偶者以外の者が遺贈等で居住建物を取得した場合(「⑵」)における短期居住権の存続期間

部会資料15では,配偶者以外の者が遺贈等で居住建物を取得した場合の短期居住権の期間について,〔 〕を付して,所有者から明渡しの催告を受けた時から6か月を経過するまでの間という規律を提示していた。これに対し,第15回部会では,委員から,相続開始から相当期間経過後に遺言が発見された場合にその時点で既に不法占拠になっているような事態を避けるため,このような規律も合理的であるとの指摘があり,他方で,相続人間の遺産分割によらずに建物の帰属が確定する場合には,夫婦関係が円滑でないことが想定されるにもかかわらず,遺産分割によって建物の帰属が確定する原則的な場合よりも手厚く保護され得ることとなるのはバランスを欠くのではないかとの指摘もあった。

この点については,上記の指摘にもあるとおり,相続開始から相当期間経過後に遺言が発見された場合などには,配偶者の居住を保護する観点から,その間の使用利益の支払義務を免れさせる必要性が高いものと考えられる。また,居住建物の所有者は,もともと無償でその所有権を取得したものであるし,上記の場合には,少なくとも遺言が発見されるまでの間は,そもそも居住建物の所有者であることを認識しておらず,これを使用する意思を有していなかったのであるから,その間の使用利益を回収することができないとしても,不測の損害を受けることにはならないように思われる。

そこで,配偶者以外の者が遺贈等で居住建物を取得した場合の短期居住権の期間について,配偶者が居住建物の所有権を取得した者から明渡しの催告を受けた時から6か月を経過するまでの間とすることとしている。

この点についてどのように考えるか。

2 第三者との関係

部会資料15では,短期居住権の効力について,相続人の間において(配偶者以外の者が遺贈等により居住建物を取得した場合にあっては,その者に対して)のみ,その効力を有するものとすることを提案していた。これに対し,第15回部会では,委員から,配偶者以外の相続人が持分を第三者に譲渡した場合について,第三者対抗力を付与するなど更に配偶者を保護することも検討してはどうかとの指摘があり,他方で,第三者が差押債権者である場合等も念頭に置く必要があり,第三者対抗力の付与には慎重な検討が必要であるとの指摘もあった。

この点について,短期居住権は,基本的に,判例(最高裁平成8年12月17日判決・民集50巻10号2778頁)で認められた使用借権と同様の性質を有するものとして構成しているところ,第三者対抗力を付与することは,その基本的な性質にそぐわないものと考えられる。ただし,配偶者に短期居住権を認める以上,第三者対抗力までは認めないとしても,その使用利益の回収は認めるのが相当であると考えられる。

そこで,本部会資料では,短期居住権の効力を当事者間に限定する旨の規律は設けないこととしている(注1)。そうすることで,㋐配偶者以外の相続人が短期居住権の目的となる建物の持分を失った場合には,当該相続人に対し,建物を使用させる債務の不履行として損害賠償を求められることについて,解釈上の疑義がなくなるものと考えられる上,㋑特に悪意で当該建物を譲り受けた第三者との関係では,配偶者に対して債権侵害の不法行為が成立すると解釈する余地もあることとなるものと考えられる(注2)。

この点についてどのように考えるか。

(注1)規律は設けないこととしているが,短期居住権は使用借権類似の法定債権であるという整理には変更はなく,債権の原則どおり,基本的に債務者との関係でのみ効力を有するという点は変わらないことを前提としている。

(注2)伝統的には,競合取引の場面における債権侵害が不法行為を構成する範囲は限定的に解釈されてきたが,近時の学説では,これに対して批判的な立場が有力であるとされている上,問題となる財産が遺産分割前の相続財産であることや,(場合によっては高齢の)配偶者が居住している財産であることを強調すれば,債権侵害の不法行為の成立を認める解釈論もあり得るように思われる。

3 使用貸借の規定との平仄(「⑴ア①,イ(ア),(ウ),(エ)①,②,ウ①,③,④」)

⑴ア① 配偶者は,相続開始の時に被相続人の建物を無償で使用していた場合(その建物の全部又は一部を居住の用に供していた場合に限る。)には,遺産の分割によりその建物の帰属が確定するまでの間,無償でその建物の使用及び収益をすることができるものとする(以下では,この権利を「短期居住権」という。)。ただし,配偶者が遺贈又は死因贈与によりその建物について長期居住権(後記2)を取得した場合は,この限りでないものとする。

イ(ア) 用法遵守義務及び善管注意義務

(ウ) 短期居住権の譲渡及び賃貸等の制限

(エ)① (ア)又は(ウ)の規律に違反する使用又は収益によって生じた損害の賠償及び配偶者が支出した費用の償還は,居住建物が返還された時から一年以内に請求しなければならないものとする。

② ①の損害賠償の請求権については,居住建物が返還された時から一年を経過するまでの間は,時効は,完成しないものとする。

ウ① 配偶者がイ(ア)又は(ウ)の規律に違反して使用又は収益をしたときは,他の相続人は,各自短期居住権の消滅を請求することができるものとする。

③ 配偶者は,短期居住権が消滅した場合(配偶者が長期居住権を取得した場合を除く。④から⑥までにおいても同じ。)には,居住建物の返還をしなければならないものとする。

④ 配偶者は,短期居住権が消滅した場合には,相続開始の後に居住建物に生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた損耗及び経年変化を除く。)を原状に復する義務を負うものとする。ただし,その損傷が配偶者の責めに帰することができない事由によるものであるときは,この限りでないものとする。

上記のとおり,短期居住権は,基本的に,判例で認められた使用借権と同様の性質を有するものとして構成しており,その観点から,次のような修正を加えている。

まず,従前は,短期居住権に基づく居住建物の利用については「使用」のみを明示していたが,この点については,使用貸借と同様,「使用及び収益」をする権限を有することとした上で(「⑴ア①」),他の相続人の承諾を得なければ第三者に居住建物の使用又は収益をさせることができないこととし(この点は従前の部会資料と同じ。),これを前提とした修正を行っている(「⑴イ(ア)(ウ)ウ①」)。

また,使用貸借については,民法の一部を改正する法律案(平成27年(第189回国会)閣法第63号。以下「債権法改正法案」という。)において,損害賠償及び費用の償還の請求権についての期間制限が設けられているところ,短期居住権についてもその趣旨が妥当すると考えられることから,同様の規律を設けることとしている(「⑴イ(エ)①」)。

さらに,使用貸借については,債権法改正法案において,その契約が終了した時点における目的物の返還義務が規定されているところ,短期居住権についてもその趣旨が妥当すると考えられることから,配偶者が返還義務を負う旨の規律を設けることとしている(「ウ③」)。なお,これにより,民法第400条の規定を介して配偶者に善管注意義務が課されると考えられることから,本文イ(ア)から善管注意義務に関する部分を除くこととしている。

これらの点についてどのように考えるか。

4 その他の修正

部会資料15では,配偶者以外の者が遺贈等で居住建物を取得した場合の特則(「」)として,配偶者に相続開始の時から6か月を経過するまで(又は所有者から明渡しの催告を受けた時から6か月を経過するまで)の短期居住権を認めるのを原則としつつ,配偶者が遺贈等で長期居住権を取得した場合には,この限りでないとしていた。

このように,従前の部会資料では,短期居住権が成立しない旨の規律を「」の特則にのみ置いていたが,居住建物について遺産分割が行われる原則的な場合(「」の場合)においても,配偶者には長期居住権を遺贈しつつ,居住建物の所有権については遺贈等がされていない場合のように,配偶者に短期居住権を認める必要はない場合があり得ることから,「⑴①」のただし書においても,「配偶者が遺贈等で長期居住権を取得した場合には,この限りでない」旨の規律を設けることとした。

なお,このような修正をすると,短期居住権が成立する原則的な場合(「」の場合)の規律と配偶者以外の者が遺贈等で居住建物を取得した場合(「」の場合)の規律との差異は,短期居住権の存続期間を除くと,有益費等の負担者や短期居住権の消滅請求権等の主体のみとなることから,「」の「(注)」においてその旨を明らかにしている。

2 配偶者の居住権を長期的に保護するための方策

⑴ 長期居住権の内容及び成立要件

① 配偶者は,相続開始の時に被相続人の建物を使用していた場合(その建物の全部又は一部を居住の用に供していた場合に限る。)において,次に掲げるときは,終身又は一定期間,その建物全部の使用及び収益をする権利(以下「長期居住権」という。)を取得するものとする。

㋐ 遺産分割において配偶者に長期居住権を取得させる旨の協議が調い,又はその旨の審判が確定したとき。

㋑ 被相続人が配偶者に長期居住権を取得させる旨の遺贈をしたとき。

㋒ 被相続人と配偶者との間に,配偶者に長期居住権を取得させる旨の死因贈与契約があるとき。

② 裁判所は,次に掲げる場合に限り,①㋐の審判をすることができるものとする。

㋐ 配偶者に長期居住権を取得させることについて相続人全員の合意がある場合

㋑ 配偶者が長期居住権の取得を希望した場合であって,配偶者の生活を維持するために長期居住権を取得させることが特に必要と認められる場合

③ 民法第995条の規定は,長期居住権の遺贈の放棄については,適用しないものとする。

⑵ 長期居住権の効力

ア 用法遵守義務及び善管注意義務

配偶者は,従前の用法に従って⑴①の建物(以下2において「居住建物」という。)の使用及び収益をしなければならないものとする。

イ 必要費及び有益費の負担

① 居住建物の必要費は,配偶者が負担するものとする。

② 配偶者が居住建物について有益費を支出したときは,居住建物の所有者は,長期居住権が消滅した時に,その価格の増加が現存する場合に限り,その選択に従い,その支出した金額又は増価額を償還しなければならないものとする。ただし,裁判所は,居住建物の所有者の請求により,その償還について相当の期限を許与することができるものとする。

ウ 長期居住権の譲渡及び賃貸等の制限

配偶者は,居住建物の所有者の承諾を得なければ,長期居住権を譲り渡し,又は第三者に居住建物の使用又は収益をさせることができないものとする。

エ 第三者対抗要件

長期居住権は,これを登記したときは,居住建物について物権を取得した者その他の第三者に対抗することができるものとする。

オ 妨害排除請求権

配偶者は,エの登記を備えた場合において,次に掲げるときは,それぞれ次に定める請求をすることができるものとする。

㋐ 居住建物の占有を第三者が妨害しているとき その第三者に対する妨害の停止の請求

㋑ 居住建物を第三者が占有しているとき その第三者に対する返還の請求

カ 登記請求権

居住建物の所有者は,長期居住権者に対し,長期居住権の設定についての登記を備えさせる義務を負うものとする。

キ 損害賠償及び費用の償還の請求権についての期間の制限

① ア又はウの規律に違反する使用によって生じた損害の賠償及び配偶者が支出した費用の償還は,居住建物が返還された時から一年以内に請求しなければならない。

② ①の損害賠償の請求権については,居住建物が返還された時から一年を経過するまでの間は,時効は,完成しない。

⑶ 長期居住権の消滅

① 配偶者が⑵アの規律に違反した場合において,居住建物の所有者が相当の期間を定めてその違反を是正するよう催告をし,その期間内にその履行がないときは,居住建物の所有者は,長期居住権の消滅を請求することができるものとする。配偶者が⑵ウの規律に違反して使用又は収益をしたときも,同様とするものとする。

② 長期居住権は,その存続期間の満了前であっても,配偶者が死亡したときは,消滅するものとする。

③ 配偶者は,長期居住権が消滅した場合には,居住建物の返還をしなければならないものとする。

④ 配偶者は,長期居住権が消滅したときは,相続開始の後に居住建物に生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた損耗並びに経年変化を除く。)を原状に復する義務を負うものとする。ただし,その損傷が配偶者の責めに帰することができない事由によるものであるときは,この限りでないものとする。

⑤ 配偶者は,長期居住権が消滅したときは,相続開始の後に居住建物に附属させた物を収去する義務を負うものとする。ただし,居住建物から分離することができない物又は分離するのに過分の費用を要する物については,この限りでないものとする。

⑥ 配偶者の死亡により長期居住権が消滅した場合には,配偶者の相続人が④本文及び⑤本文の義務を負うものとする。

⑦ 配偶者は,相続開始の後に居住建物に附属させた物を収去することができるものとする。

(注) 配偶者が長期居住権を取得した場合には,その財産的価値に相当する金額を相続したものと扱うものとする。

(補足説明)

1 民法第995条の適用除外(「⑴③」)

第15回部会では,委員から,長期居住権の遺贈については,民法第995条(遺贈の放棄等があった場合には,受遺者が受けるべきであったものは相続人に帰属する旨を定めるもの)を適用除外する必要があるのではないかという指摘があった。確かに,本規律においては,長期居住権の主体を配偶者に限定し,帰属上の一身専属権と構成している以上,その配偶者がこれを放棄した場合にも,長期居住権を他の相続人に帰属させるのは相当でないと考えられる。

そこで,長期居住権の遺贈の放棄については,民法第995条の規定は適用しないこととしている。

2 長期居住権の登記手続(「⑵カ」)

第15回部会では,委員から,長期居住権の登記手続について,一般的に配偶者による単独申請を認めるのは,不動産登記法の基本的な考え方と整合しないのではないかという指摘があった。

確かに,長期居住権は,居住建物の所有権を制限する性質を有する権利であるから,その登記をする場合には,居住建物の所有権に係る登記をした上で,その設定をすることになると考えられるところであり,その意味では,居住建物の所有者が登記義務者になると考えるのが素直であるように思われる。このように,長期居住権の登記手続に関しては登記義務者を観念することができる以上,同法の原則を修正して,配偶者による単独申請を認める必要性はないようにも思われる。

そこで,長期居住権の登記手続については,配偶者に登記請求権を認めることとした上で,配偶者による単独申請を認める旨の規律は設けないこととしている。

3 賃貸借の規定との平仄(「⑴①,⑵ア,オ,キ①,②,⑶③」)

長期居住権については,基本的に,賃借権と同様の性質を有するものとして構成しており,その観点から,次のような修正を加えている。

まず,従前は,長期居住権に基づく居住建物の利用については「使用」のみを明示していたが,この点については,賃貸借と同様,「使用及び収益」をする権限を有することとした上で(「⑴①」),居住建物の所有者の承諾を得なければ第三者に居住建物の使用又は収益をさせることができないこととし(この点は従前の部会資料と同じ。),これを前提とした修正を行っている(「⑵ア」)。

また,賃貸借については,債権法改正法案では,第三者に対して妨害排除請求をすることができることとされているところ,長期居住権についてもその趣旨が妥当すると考えられることから,同様の規律を設けることとしている(「⑵オ」)。

このほか,短期居住権と同様の理由から,損害賠償及び費用の償還の請求権についての期間制限の規律を設けることとし(「⑵キ① ,②」),また,配偶者が返還義務を負う旨の規律を設けることとしている(「⑶③」)。

これらの点についてどのように考えるか。

第2 遺産分割等に関する見直し

4 一部分割について

① 共同相続人は,被相続人が遺言で禁じた場合を除き,いつでも,その協議で,遺産の全部又は一部の分割をすることができるものとする。

② 遺産の分割について,共同相続人間に協議が調わないとき,又は協議をすることができないときは,各共同相続人は,その全部又は一部の分割を家庭裁判所に請求することができるものとする。

③ 家庭裁判所は,②の一部分割の請求があった場合において,遺産の一部の分割をすることにより,共同相続人の一人又は数人の利益を害するおそれがあるときは,その請求を却下しなければならないものとする。

〔参考〕

部会資料18・36頁「第2・4・①」

① 家庭裁判所は,遺産の範囲について相続人間で争いがあり,その確定を待っていてはその余の財産の分割が著しく遅延するおそれがあるなど,遺産の一部について先に分割をする必要がある場合において,相当と認めるときは,遺産の一部についてのみ分割の審判をし,残部については分割しない旨の審判をすることができるものとする。

(補足説明)

1 従前の提案について

部会資料18・36頁において提示した一部分割の案(以下「従前の提案」という。)は,遺産の範囲について相続人間で争いがあり,その確定を待っていてはその余の財産の分割が著しく遅延するおそれがあるなど,遺産の一部について先に分割をする必要がある場合において,相当と認めるときは,家庭裁判所は,遺産の一部についてのみ分割の審判をし,残部については分割しない旨の審判をする(却下の審判をする)ことを想定したものであった。しかしながら,従前の提案に対しては,第18回会議において,委員等から,今回の見直しにおいて,預貯金債権以外の可分債権一般について,これを遺産分割の対象に含めることとしないのであれば,この方策を採用する必要性に乏しいのではないか,遺産分割の申立てがされたにもかかわらず,遺産の一部について分割をせず,当該部分に係る申立てを却下するという制度を設けることの相当性については,当事者の裁判を受ける権利との関係等に照らし,慎重に検討する必要があるのではないかといった意見が出されるなど,従前の提案を採用することについて消極的な意見が多かった。そこで,本部会資料においては,従前の提案については,掲げないこととしている。

2 今回の提案について

一方,第18回部会においては,委員から,遺産分割事件を早期に解決するためには,争いのない遺産について先行して一部分割を行うことが有益であり,また,一部分割が可能な場合の要件を明確にすることによって,裁判所も安心して一部分割をすることができるのではないかという意見があったところである。現在の実務上は,一定の要件の下であれば一部分割も許されるとする見解が一般的であるものの,法文上,一部分割が許容されているか否かは必ずしも明らかとはいえないことから,この機会にこれを明確化することができないか,検討をする価値があるように思われる。

ところで,現在の実務上,「一部分割」とされている審判の中には,㋐家事事件手続法第73条第2項に規定する一部審判として行われる一部分割(残余遺産について審判事件が引き続き係属するもの)と,㋑全部審判として行われている一部分割(残余遺産については審判事件が係属せず,事件が終了するもの)の二類型があり,後者は,更に,審判時点において,分割の対象となる残余遺産の存在が裁判所(及び当事者)に判明していない場合(㋑-1)と,残余遺産が存在するあるいは存在する可能性があるが,当事者が現時点では残余遺産の分割を希望していないこと等を理由として一部分割が行われる場合(㋑-2)の二種類に分けられるものと考えられる。そして,㋐の一部分割については,家庭裁判所が遺産分割の一部について審判をするのに熟していると判断をしたときに,一部分割の審判をすることができるが,その審判の成熟性の判断の中で,一部分割をする必要性と相当性の審査が行われているものと考えられ,特に㋐の場合を規律するルールを別途設ける必要性は乏しいといえる(注)。また,㋑―1の場合については,少なくとも裁判所は他に分割の対象となる遺産はないものと認識をして全部分割の審判をしているのであるから,このような場合をとらえて規律を設けることは困難といえる。そうすると,㋑―2の場合について規律を設けることができるかどうかが残る問題であるといえ,本提案は㋑―2の場合を想定した規律ということになる。

以下,各要件について検討する。

(注)なお,仮に㋐の場合を規律するルールを設けるとした場合には家事事件手続法第73条第2項の一部裁判の特則という位置付けになるが,なぜ家事事件のうち遺産分割においてのみそのような特則を設けるのか慎重な検討を要するとともに,民事訴訟の一部判決(民事訴訟法第243条第2項)における規律との平仄も考慮しなければならないものと思われる。

⑴ 「①」の規律について

共同相続人は,遺産についての処分権限があることから,いつでも,遺産の一部を,残りの遺産から分離独立させて,確定的に分割をすることができるものと考えられる。

「①」の規律は,現行の民法第907条第1項が,共同相続人は,いつでも,協議で「遺産の分割をすることができる」とあるのを,「遺産の全部又は一部の分割をすることができる」と改め,上記の趣旨を明らかにするものである。

⑵ 「②」の規律について

「②」の規律は,遺産分割について共同相続人間の協議が調わない場合に,共同相続人が,遺産の全部分割のみならず,一部分割を家庭裁判所に求めることができることを明らかにしたものである(注1)。

これは,遺産分割の範囲について,一次的に共同相続人の処分権限を認めるものである。なお,申立人以外の共同相続人が,遺産の全部分割又はより多くの一部分割を求めた場合には,遺産分割の対象は,遺産の全部又は拡張された一部の遺産ということになる(注2)。

(注1)家事審判の申立てにおいては,申立ての趣旨及び理由を特定して申立てをする必要があるが(家事事件手続法第49条第2項第1号),審判を求める事項について,具体的に特定のためにどの程度詳細さが求められるかは,条文上明らかにされておらず,解釈に委ねられているものと解されている。そして,遺産分割については,「遺産分割を求める。」という申立ての趣旨のみで特定しているものと考えられてきたが,本提案のような規律を採用すると,一部分割の申立てをする場合には,「別紙遺産全体目録中,○番及び○番の遺産の分割を求める。」というように,分割を求める遺産の範囲を特定すべきということになるものと考えられる(なお,遺産全部について分割を求める場合は,これまでどおり「遺産分割を求める。」ということのみで,申立てとしては特定していると考えることもできるように思われる。)。

(注2)一部分割の申立てと全部分割の申立てが重複した場合には,前者の申立てについては後者の申立てに包含されることから,前者の申立てについては申立ての利益がなくなったとみるか,後者の申立てについては重複しない部分に限り申立ての利益があるとみるかはともかくとして,いずれにしても,遺産の全部が審判の対象になるものと考えられる。なお,相続人Aが遺産甲の分割を,相続人Bが遺産乙の分割をそれぞれ求めた場合には,包含関係にないことから,いずれの申立ても適法として,裁判所は,遺産甲及び乙の分割をそれぞれ行うことになるものと考えられる(通常は併合して審理することになるものと思われる。)。

⑶ 「③」の規律について

「③」の規律は,家庭裁判所が一部分割の審判をできる場合の実質的な要件を定めるものである。

審判によって一部分割をすることができる要件については,どのような場合を一部分割と呼ぶかは必ずしも論者によって一致していないようにも思われるものの,一般的に,一部分割をすることに合理的な理由があり(一部分割の必要性),かつ,その一部分割によって遺産全体についての適正な分割(具体的相続分と民法第906条の基準に照らした適正公平な分割)が不可能とならない場合(一部分割の許容性)であれば,一部分割をすることできるものと解されている(大阪高決昭和46年12月7日家月25巻1号42頁参照)。そして,一部分割をするのに合理的な理由がある場合とは,ⓐ相続人全員の合意がある場合,ⓑ一部の遺産の評価や遺産性について争いがあり,その審理に長期間を要する場合,ⓒ全部分割として遺産分割がされた後に,他の遺産の存在が判明した場合,ⓓ分割を禁止された遺産を除いたその余の遺産を分割する場合などが,これに当たるものと考えられているが,ⓑの場合に一部分割をするというのは,上記㋐の一部分割をする場合であり,ⓒ及びⓓの場合に一部分割をするというのは,上記㋑―1の一部分割又は全部分割そのものに該当するものと思われ,残るのはⓐ遺産の一部について遺産分割をすることについて相続人全員の合意がある場合ということになる。そして,上記⑵のとおり,申立人以外の共同相続人が,遺産の全部分割又はより多くの一部分割を求めた場合には,遺産分割の対象は,遺産の全部又は拡張された一部の遺産ということになるから,結局,当事者全員が申立てに係る一部の遺産について分割を求めているということは,遺産分割を求めている範囲の上限については当事者全員に異論がないということになる(注1)。このように考えると,一部分割の必要性については,家庭裁判所が一部分割の審判をする場合の要件として特に明文化する必要はないものと考えられる。

一方,一部分割の許容性については,上記のとおり一般には一部分割によって遺産全体についての適正な分割が不可能にならない場合に許容されるものと解されており,具体的には,特別受益等について検討し,代償金,換価等の分割方法をも検討した上で,最終的に適正な分割を達成しうるという明確な見通しが得られた場合に許容されるものと考えられ,一部分割においては具体的相続分を超過する遺産を取得させることとなるおそれがある場合であっても,残部分割の際に当該遺産を取得する相続人が代償金を支払うことが確実視されるような場合であれば,一部分割を行うことも可能であると考えられる。

そして,このような観点で検討しても,一部分割をすることによって,最終的に適正な分割を達成しうるという明確な見通しが立たない場合には,当事者が遺産の一部について遺産分割をすることに合意があったとしても,家庭裁判所は一部分割の審判をするのは相当ではなく,当該一部分割の請求は不適法であるとして,却下するのが相当であるといえる。

そこで,当事者から,一部分割の請求があった場合においても,遺産の一部について分割をすることにより,共同相続人の一人又は数人の利益を害するおそれがあるときは,家庭裁判所は,その請求を却下しなければならないこととしている(「③」)(注2)。

これは,遺産分割の範囲について,一次的には当事者の処分権を認めつつも,それによって適正な遺産分割が実現できない場合には,家庭裁判所の後見的な役割を優先させ,当事者の処分権を認めないという考えに基づくものである。

(注1)なお,一部の共同相続人が一部分割を求めているのに対し,他の共同相続人があくまで協議による分割を求めていたり,より小さい範囲の遺産の分割を求めるということもあり得,このような観点からみると,全ての共同相続人が申立てに係る一部の遺産について分割をすることについて異論がないとはいえない。もっとも,共同相続人は,いつでも遺産の分割をすることができるものとされ(民法第907条第1項),遺産の分割をしたくないという希望は必ずしも法律上保障されているとはいえないこと(裁判所が,特別の事由があるときに,分割の禁止をすることができるとされているに過ぎない(同条第3項)。)からすると,分割をしたくない又はより小さい範囲で分割をしたいという当事者がいるとしても,その希望は必ずしも斟酌する必要がないものと考えられる。

(注2)裁判所としては,一部分割をすることにより,共同相続人の一人又は数人の利益を害すると認めるときは,直ちに却下するのではなく,釈明権を行使して,当事者に申立ての範囲を拡張しないのか否か確認をするという運用になるものと思われる。

3 今回の提案の懸念点について

他方で,今回の提案には,次のような懸念もある。

すなわち,共同相続人の請求によって一部の遺産分割審判を複数回繰り返す場合,そのたびに,特別受益や寄与分を含め,全部の遺産分割を行うのに必要な事項をすべて審理・判断する必要が生じる。その場合,これらの判断に既判力が認められないことから,それぞれの遺産分割審判ごとに各事項の判断が食い違い,法律関係が複雑化するおそれがある。このような不利益は,「③」の規律によって可及的に防ぐことが企図されているものの,一度,一部分割の審判がされた後に,寄与分や特別受益について新たな証拠が発見されたり,当事者が従前と異なる認否・主張をしたりする可能性があることからすれば,「③」の規律によって一切の不利益を回避できるものではない。

さらに,共同相続人に一部分割審判の請求を認めると,当事者が関心のある財産のみを分割し,その余の経済的価値の低い不動産(例えば,利用価値の低い山林や長期間空き家になっている家屋など)は未分割のまま放置されることが増加する懸念もある。その結果として,所有者の把握が難しい不動産が増えるなどの社会的費用が生じるおそれもある。

他方で,遺産分割事件においては,現に実務上当事者主義的な運用が行われているといわれており,遺産分割の対象財産について当事者間で合意がある場合には当事者が合意した財産に限定して遺産分割を行うことがあるとの指摘もされているが,上記の懸念は運用によって一部分割をする場合にも生じ得る問題点であり,このような懸念があるからといって一部分割の規律を法律上明確化する必要はないということにはならないようにも思われる。

以上につき,どのように考えるべきか。

5 相続開始後の共同相続人による財産処分について

① 家庭裁判所は,遺産分割が終了するまでの間に共同相続人の一人又は数人によって遺産が処分された場合において,相当と認めるときは,当該処分された財産が遺産分割の時に遺産としてなお存在するものとみなすことができるものとする。

② 分割すべき遺産が現に存しない場合には,前項の規定は,適用しない。この場合において,損失を受けた共同相続人は,その処分をした共同相続人に対して,その償金を請求することができるものとする。

〔参考 部会資料20・7頁〕

(相続開始後の共同相続人による財産処分について)

共同相続人の一人が,遺産分割が終了するまでの間に,遺産の〔全部又は〕一部を処分した場合には,当該処分した財産については,遺産分割の時において遺産としてなお存在するものとみなす。

(補足説明)

1 基本的な考え方

第20回部会において,相続開始後の共同相続人による財産処分が行われた場合の規律について提案を行ったところ,相続開始後に共同相続人が財産処分を行ったことにより,処分を行った者が処分をしなかった場合と比べて利得をするという不公平が計算上生じ得るという点については概ね理解が得られたが,そのような不公平を解消する方策を設けた場合の影響等については様々な意見が述べられたところである。

すなわち,部会資料20で提案した考え方については,被相続人名義の財産を分割対象とする現行制度の基本構造を変えるため,手続法上の問題点についても慎重に検討をする必要がある,特に既判力のない家事審判手続において不当な財産処分の問題を取り扱うことが効果的な紛争解決につながるか疑問がある,実務上も,相続開始後に遺産の一部が処分されていることはあるものの,誰が処分をしたか分からず,その認定をめぐり紛争が長期化するおそれがある,処分された財産も遺産に含めて遺産分割をしなければならないとすると,遺産分割後に財産処分が判明したようなケースについては当初の遺産分割についても無効となるおそれがあるのではないかといった問題点が指摘されたほか,そもそも,上記の計算上の不公平が現実の遺産分割において当事者が問題とするほどの不公平を生じさせているか,具体的相続分は,「遺産分割手続における分配の前提となるべき計算上の価額又はその価額の遺産の総額に対する割合を意味するものであって,それ自体を実体法上の権利関係であるということはでき」ない旨を判示した最高裁判例(平成12年2月24日民集54巻2号523頁)に照らし,立法上の手当を要する不都合を生じさせているのかという指摘もされたところである。

たしかに,このような方策を導入すると,紛争が一定程度長期化・複雑化することは否定できないものの,他方で,上記のような不公平を不満に思い,これを是正したいと考える相続人がいる場合に,民事訴訟による場合を含め,これを適切に救済する手段が見当たらないというのは問題であると考えられ(部会資料20・17頁以下参照),公平かつ公正な遺産分割を実現するために,何らかの救済手段を設ける必要性は高いといえる。

そこで,今回の部会資料においては,前回の部会において示された懸念を可能な限り解消する方向で検討を行い,前回の部会における提案から①処分された財産を遺産分割の際に遺産とみなすか否かは家庭裁判所の裁量に委ねる点,②分割すべき遺産がない場合については償金請求をすることができる旨の規定を設ける点で,変更を加えている。

以下,変更点について詳述する。

2 遺産とみなすか否かを家庭裁判所の裁量に委ねる点(「①」)

従前の提案においては,共同相続人が遺産を処分した場合に,その処分した財産については,「遺産分割の時において遺産としてなお存在するものとみなす。」という規定であったことから,処分された財産が共同相続人によって処分されたか否かによって,遺産分割の対象となるかどうかが決まり,これについて争いがある場合には,その審理に時間を要することにもなりかねないという懸念があったところである。

そこで,今回の提案においては,遺産としてなお存在するものとみなすか否かについては,家庭裁判所の裁量に委ねることとしている。これにより,共同相続人が処分したか否かについて争いがあり,その審理に時間を要するような場合には,必ずしも遺産分割の対象財産に含めなくてもよいことになり,その場合には遺産分割時に存在する財産を基準に遺産分割における取得額を定めれば足りることとなる(したがって,共同相続人が遺産の一部を処分したことが当事者間に争いがない場合や,客観的な証拠によって明らかである場合などに,「①」の規律が適用されることとなる。)。このように遺産分割の対象に含めるか否かを遺産分割審判を行う家庭裁判所の裁量に委ねることで,紛争の長期化の懸念を相当程度緩和することができるように思われる(注1)。

なお,この場合に,具体的相続分を算定する前提としての「相続開始の時に有した財産の価額」(民法第903条第1項)に処分された財産の価額を含めるか否か(部会資料20・8頁のα説とβ説の対立)については,①文理解釈としてα説が素直であること,②遺産の価額が相続開始時から遺産分割時までの間に変動した場合であっても具体的相続分の計算は相続開始時の価額で行うという見解が有力であるところ(広島高決平成5年6月8日家月46巻6号43頁。なお,最判昭和51年3月18日民集30巻2号111頁では,遺留分の算定における特別受益の評価については相続開始時を基準時としている。),このような考え方を前提とすれば,遺産の一部が処分された場合についても,遺産の評価額が変動した場合と同様に解するのが自然であること(注2),③β説によるとα説と比べて特別受益のある者の遺産分割における取得額が少なくなるが,これは遺産の価額の減少の負担を法定相続分に応じて負担することになる結果であるところ,相続人間における遺産分割は具体的相続分に応じて行うことになるのであるから,遺産の減少額の負担についても具体的相続分に応じて負担する方が自然であるものと考えられること(注3)などからすると,α説(相続開始の時に有した財産の価額には処分された財産の価額を含める。)を採用するのが適当であるものと考えられる(注4)。

(注1)なお,判例タイムズ1418号5頁以下の「東京家庭裁判所家事第五部における遺産分割事件の運用―家事事件手続法の趣旨を踏まえ,法的枠組みの説明をわかりやすく行い,適正な解決に導く手続進行―」(小田正二ほか5名)によれば,全当事者の合意があることを前提として,①ある当事者が預金を既に取得したものとして相続分・具体的取得金額を計算する,②ある当事者が(払い戻した預金である)一定額の現金を保管しているとして,これを分割対象財産とする,③払い戻した預金が被相続人からの贈与と認められるとして,当該当事者に同額の特別受益があるとの前提で具体的相続分を計算することになるものとされている。全当事者の合意があるという点で本部会資料が検討している状況とはもちろん異なるものの,②の考え方は,計算上γ説と同じ結果になる一方,③の考え方によると超過特別受益がある場合には対応することができないことになる(部会資料20・11頁の【事例2】参照)(なお,①の考え方については,超過特別受益が生じている場合にその超過分を返還させるのか(代償金債務を負わせるのか)によって,②の考え方と同じ帰結になるのか,③の考え方と同じ帰結になるのかが決まるように思われる。)。

また,同文献には当事者説明用の分かりやすいポンチ絵が掲載されているところ,(資料3-2)では,当事者間に合意ができない場合には,「使途不明金」として「民事訴訟で解決」することとされているが,共同相続人の一人が相続開始によって生じた(暫定的な)共有持分を処分した場合に(部会資料20・9頁以下の【事例1】及び【事例2】参照),不法行為又は不当利得が生じるとは一般には考えられていないことからすると,現行法の下において,民事訴訟において十分な救済が図れるとは限らないものと考えられる。

(注2)家庭裁判所が本提案の規律を適用しない場合として想定されているのは,主として財産の処分をした者が共同相続人であるかどうかが明らかでない場合であるから,具体的相続分の計算方法においても,相続開始後に第三者が相続財産の価値を毀損した場合と同様とするのが相当であるように思われる。

(注3)部会資料20・9頁において,【事例1】における計算の比較をしているが,α説の帰結とβ説の帰結を比較すれば明らかなとおり,α説によれば処分された財産(遺産の減少額)の負担を法定相続分に応じて負担することになる一方(【事例1】でいうと,A,Bが100万円ずつ負担することになる。)で,β説によれば具体的相続分に応じて負担することになる(【事例1】でいうと,Aが29万円,Bが171万円を負担することになる。)。

(注4)部会資料20・9頁【事例1】における計算例(再掲)

【事例1】(具体的相続分の範囲内で権利行使がされた場合)

相続人A,B(法定相続分1/2ずつ)

遺産 1400万円(1000万円(不動産)+400万(預金))

特別受益 Aに対して生前贈与1000万円

Aが相続開始後に密かに200万円を引き出した場合

【計算1】

(Aの引出しについて争いがある場合など)

①の規律を適用しなくてもよく,その場合はα説により処理される。したがって,

相続開始時には1400万円あったので,具体的相続分の算定の基礎となる「相続開始の時に有した財産の価額」は1400万円となる。

Aの具体的相続分は (1400万+1000万)×1/2―1000万=200万

Bの具体的相続分は (1400万+1000万)×1/2=1200万

遺産分割時の遺産(1200万)を,具体的相続分で割付けすると,

Aは, 1200万×200万/1400万=171万

Bは, 1200万×1200万/1400万=1029万

となる。

(Aの引出しについて当事者間に争いがない場合又は証拠上明らかな場合など)

①の規律が適用され,γ説が適用される。したがって,

具体的相続分の計算は上記と同じで,Aの具体的相続分は200万,Bの具体的相続分は1200万となる。

また,相続開始後の出金についても,遺産分割の対象財産に含め,計算をするので,遺産分割における取得額も,上記の具体的相続分の価額と同額となる(実際に遺産分割において取得できる額は,相続開始後に出金した分(200万円)を除くと,Aは0円,Bは1200万円となる。)。

3 償金請求の規律について(「②」)

そして,共同相続人の一人が遺産の全部を処分した場合や,共同相続人の一人によって遺産の一部が処分されたものの,この点について当事者間に争いがあり,家庭裁判所が「①」の規律により遺産とみなさず,現に存在する遺産のみで遺産分割の審判を行った場合については,「分割すべき遺産が現に存しない」として,「①」の規律は適用されないこととなる(「②前段」)。このような規律を設けることにより,遺産分割後に財産処分が判明したようなケースについては,「①」の規律は適用されないことから,更に分割すべきとみなされる遺産は存在せず,遺産分割を行ったが更に事後的に遺産があることが判明したため当初の遺産分割が錯誤により無効となるリスクがあるといった懸念は解消されることになるものと思われる。

ところで,「①」の規律を適用しないと,相続開始後に特別受益のある者が遺産を処分した場合には,処分を行った者の最終的な利得額が多くなるという不公平が生じることがあるが,裁判所の裁量的判断の結果によってこのような事態が生ずるのは相当でないと考えられることから,損失を受けた共同相続人が,その処分をした共同相続人に対して償金請求をすることができる旨の規定を設けることとしたものであり,これにより相続人間の実質的公平が図られることになる。なお,「①」の規律を適用しない結果,損失を被った共同相続人が,償金請求をすることができる旨の規定を設ければ,償金請求をすることができる金額は,その損失額,すなわち「①」の規律を適用した場合と適用しない場合との差額であることは明らかであるものと思われるため,計算式等を法文の中に書き込む必要はないものと考えられる(注1)(注2)(注3)(注4)(注5)。

(注1)差額を求める計算式

なお,相続開始時の遺産額がX円,相続開始後の処分額がY円,処分を行った相続人(A)の生前贈与の額がZ円,償金請求を行う相続人(B)の法定相続分をbとすると,BがAに対して償金請求できる額は,次の計算式により求めることができる。

償金請求できる額=(X+Z)×b―(X-Y)×􀵫X+Z􀵯×bX= bY(X+Z)X

となる。

(注2)償金請求ができる額の例⑴

本部会資料21頁(注3)において検討したとおり,①の規律を適用しない場合には,遺産分割においてAは171万円,Bは1029万円取得することができるが,①の規律を適用した場合にはAは0円,Bは1200万円取得することができることになるから,Bは,②の規律により,Aに対して,その差額である171万円の償金請求をすることができることになる。

(注3)償金請求ができる額の例⑵

部会資料20・23頁の【事例】のように,共同相続人の一人によって遺産全部が処分された場合については,下記のとおりになるものと思われる。

【事例】(再掲)

相続人A,B(法定相続分1/2ずつ)

遺産 1400万円(1400万(預金))

特別受益 Aに対して生前贈与1000万円

Aが,相続開始後に密かに預金全額1400万円を引き出した場合

【計算】

(仮に,①の規律の対象に含めた場合の計算)

Aの具体的相続分 (1400万+1000万)×12―1000万=200万

Bの具体的相続分 (1400万+1000万)×12=1200万

遺産分割の対象 0+1400万(本提案の規律による加算額)

→ 具体的な審判としては,下記のとおりになるものと思われる。

(案)

「Aに,(既に取得した)預金1400万円を取得させる。

Aは,Bに対し,代償金として1200万円を支払え。」

(②の規律を適用した場合)

遺産分割すべき財産が存在しないので,①の規律は適用されない。

②の規律により,Bは,Aに対して,1200万円の償金請求をすることができる。

(注4)償金請求の規律に関するその他の問題点

例えば,下記の事例(部会資料20・9頁【事例1】と同じ事例)のようなケースにおいて,共同相続人Aが遺産の一部を処分したものとして①の規律を適用して遺産分割審判を行ったが,その後,共同相続人Bが処分したことが判明した場合には,既に①の規律を適用しているので,②の規律を適用することはできない(もっとも,このように誰が処分をしたのか大きく争いがあるケースについては,①の規律を適用することは想定していない。)。

もっとも,共同相続人の一人によって,遺産の一部が処分されたことには変わりはないので,①の規律の適用はあるものと考えられ,γ説に基づいた,具体的相続分の計算,遺産分割における取得額の計算をすることには変わりはないものと考えられる。

ところで,γ説に基づいた場合,下記参考のとおりの審判がされるものと考えられるが,このAに取得させるとされた預金200万円は,AではなくBが引き出していたということになるから,Aは,Bに対して,200万円の不当利得返還請求権を取得することとなり,これは,別途訴訟において請求することができるものと考えられる(Aが引き出したという家庭裁判所の判断には,既判力はない。)。

〔参考 部会資料20・9頁・【事例1】〕

相続人A,B(法定相続分1/2ずつ)

遺産 1400万円(1000万円(不動産)+400万(預金))

特別受益 Aに対して生前贈与1000万円

Aが相続開始後に密かに200万円を引き出した場合の,A及びBの遺産分割における取得額

〔参考 部会資料20・10頁(γ説・審判案)〕

「Aに,(既に取得した)預金200万円を取得させる。

Bに,預金200万円及び不動産甲(1000万円)を取得させる。」

(注5)最判平成12年2月24日民集54巻2号523頁との関係について

同最判は,具体的相続分は,「遺産分割手続における分配の前提となるべき計算上の価額又はその価額の遺産の総額に対する割合を意味するものであって,それ自体を実体法上の権利関係であるということはでき」ない旨を判示しているが,本方策を採用したとしても,特別受益のある共同相続人の一人が,遺産のうち自己の法定相続分に相当する財産を処分することが違法とはならない(具体的相続分を前提とした不法行為が成立しない。)という従前の理解を変更するものではない。

第3 相続の効力等(権利及び義務の承継等)に関する見直し

1 権利の承継に関する規律

⑴ 不動産又は動産に関する物権の承継

遺産分割(遺産分割方法の指定を含む。)又は相続分の指定による不動産又は動産に関する物権の承継は,民法第177条又は第178条の要件を備えなければ,第三者に対抗することができないものとする。

⑵ 債権の承継

① 遺産分割(遺産分割方法の指定を含む。)又は相続分の指定による債権の承継は,次の各号に掲げる要件を備えなければ,債務者その他の第三者に対抗することができないものとする。

ア 相続人の全員が債務者に通知をしたこと。

イ 債権を取得した相続人又は遺言執行者が債務者に通知をしたこと。

ウ 債務者が承諾をしたこと。

② ①イの通知は,遺産分割又は遺言の内容を明らかにする書面(例えば,遺産分割に係る調停調書又は審判書の謄本)を交付してしなければ,債務者に対抗することができないものとする。

③ ①の通知又は承諾は,確定日付のある証書によってしなければ,債務者以外の第三者に対抗することができないものとする。

(補足説明)

1 本部会資料における整理

当部会では,これまで,遺言における権利の承継にも対抗要件主義を適用することとし,また,債権について対抗要件具備の方法に関する特則等を設ける方向で検討が進められてきたが,中間試案や従前の部会資料では,その点に関する規律が「第2 遺産分割に関する見直し」と「第4 遺言制度に関する見直し」に分かれて記載されており,分かりにくいものとなっていたことから,本部会資料では,これに関する規律をまとめて記載することとしている。

2 基本的な考え方

前記のような見直しをする必要性及び相当性について,再度基本的な考え方を整理すると,次のとおりとなる。

まず,相続人は,相続の承認をした以上,遺言がある場合にも,基本的には被相続人の意思を尊重すべき立場にあるものと考えられ,相続人間の内部関係において,法定相続分による権利取得があったとの期待(受益相続人以外の相続人の期待)を保護する必要性はないものと考えられる。

他方,被相続人に対して権利を有し,又は義務を負っていた者(相続債権者や被相続人の債務者)との関係では,被相続人の法的地位を包括的に承継するという相続の法的性質に照らすと,相続債権者や被相続人の債務者の法的地位については,相続開始の前後でできるだけ変動が生じないようにするのが相当であると考えられる。現に,遺言がない場合(遺産分割が必要となる場合)には,例えば,相続人間の内部的な関係では,多くの特別受益があるために具体的相続分がない者についても,第三者との関係では,遺産分割が終了するまでの間は,法定相続分による権利の承継があるものとして取り扱われ,法定相続分による権利の承継があったことを前提として当該相続人に対してされた差押え等の効力は,その後の遺産分割の結果によって影響を受けないこととされている(第909条ただし書参照)。同様に,被相続人に可分債務を負う者が相続人に対して法定相続分に従った弁済をすれば,常に有効な弁済として取り扱われることになる。遺言がない場合におけるこれらの取扱いは,前記のような考え方(相続開始の前後で第三者の法的地位にできるだけ変動を来さないようにすること)に基づくものであるように思われる。

これに対し,相続させる旨の遺言がある場合には,現行の判例を前提とすると,例えば,これにより相続人が法定相続分を超える割合の不動産を取得したときでも,登記なくしてこれを第三者に対抗することができるため,相続債権者が代位により法定相続分に従った相続登記をした上で,各相続人の共有持分について差押えをしたとしても,遺言の内容と異なる部分の差押えは無効ということになる。また,仮に相続債権者が遺言の存在及び内容を知っていたとしても,遺言による権利変動を前提として権利行使をするには,遺言がない場合と比べかなりの時間と労力を要することになる(部会資料19-1・13頁以下参照)。

また,被相続人の債務者も,遺言の存在を知らずに法定相続分に従って弁済をすると,遺言の内容と異なる部分の弁済は原則として無効ということになり,債務者において準占有者に対する弁済の要件を満たしていることを主張立証しなければならないという負担が生ずることになる。

このように,現行の判例を前提とすると,遺言がある場合には,遺言がない場合に比し,相続債権者や被相続人の債務者の法的地位が相当程度不安定なものになるが,被相続人の法的地位を包括的に承継するという相続の法的性質に照らし,被相続人の相手方当事者(相続債権者や被相続人の債務者)が相続の開始によってこのように不安定な地位に置かれるのは必ずしも合理的でないように思われる。とりわけ,相続債権者との関係では,被相続人は自ら債務を負っていたのであるから,遺言によりその権利行使を困難にすることを可能とする権限を付与することは相当でないように思われる。

また,前記判例の考え方によれば,遺言によって法定相続分とは異なる権利の承継がされた場合には,対抗要件なくしてこれを第三者にも対抗することができることになるため,個別の取引の安全が害されるおそれがあるほか,実体的な権利と公示の不一致が生ずる場面が多く存在することになり,とりわけ公的な公示制度として定着している不動産登記制度に対する信頼を害するおそれがあるものと考えられる。同様に,不動産競売等の民事執行手続においても,遺言の存在を知らずに,法定相続分による権利承継を前提として差押えがされ,その目的物が売却された場合には,その買受人は,遺言の内容と異なる部分については権利を取得することができないこととなって,競売における取引の安全が害されるほか,債務者である相続人が無資力である場合には,相続債権者は,競売の目的物が一部他人物であったことを理由に,買受人から担保責任を追及され,代金の一部を返還しなければならなくなるおそれがあるなど(民法第568条第2項),強制執行制度そのものに対する信頼を害するおそれもあるものといえる。

今回の見直しでは,これらの点を考慮して,相続による権利の承継についても対抗要件主義を適用することとしたものである。

3 本部会資料における修正点

⑴ 対抗要件主義の適用対象となる権利変動について

従前の部会資料では,対抗要件主義の適用対象となる権利変動については,特段の限定を付しておらず,登録が対抗要件となる権利(例えば知的財産権)等もその対象に含めていたが,民法において対抗要件に関する根拠規定が置かれているのは物権と債権のみであることから,本部会資料においても,不動産及び動産に関する物権と債権の承継に限定した規律に修正している。

また,今回の見直しは,不動産及び動産に関する物権変動については,遺言(遺産分割方法の指定及び相続分の指定)による権利変動に関する規律のみを修正し,遺産分割による物権変動について判例の考え方を修正するものではないのに対し,債権の承継については,遺産分割における権利変動についても,その対抗要件の具備方法について特則を設けることとされており,その意味では,見直しの対象は,遺言による権利変動に限られない。そうすると,債権の承継について,遺産分割による場合を含めた規律を新たに設ける必要がある以上,不動産及び動産に関する物権変動についても遺産分割による場合を含めた規律にしないと,法制上平仄がとれないように思われる。

そこで,本部会資料では,不動産又は動産に関する物権変動についても,遺産分割による場合を含めた規律に修正することとしている。

なお,これらの点は,基本的には要綱案の表現方法に関する修正であり,実質的な内容の変更を伴うものではない(他の法令に規律されている対抗要件については,別途整備の要否について個別に検討することを予定している。)。

⑵ 対抗関係が生ずる範囲について

従前の部会資料では,遺産分割方法の指定や相続分の指定がされた場合に対抗要件を備えなければ第三者に対抗することができない権利の範囲について,「法定相続分を超える部分の取得については」としていたところである。これは,仮に遺言がない場合でも,受益相続人はその法定相続分に相当する権利(持分)を取得することができたのであるから,その部分については,受益相続人以外の者が権利を取得することはあり得ず,対抗関係(二重譲渡類似の関係)が生ずる事態は考えられないこと,したがって,対抗関係が生じ得るのは法定相続分を超える部分に限られることを考慮したものであった。

本部会資料の規律は,その点の実質を変更するものではないが,その表現方法を修正したのは次のような理由に基づくものである。すなわち,相続を原因とする物権の取得について,「民法第177条又は第178条の要件を備えなければ,第三者に対抗することができない」と規定すれば,ここでの「第三者」は,民法第177条又は第178条の「第三者」と同義であり,当事者(相続人)及びその包括承継人以外の者であって,対抗要件の欠缺を主張することについて正当な利益を有する者という限定解釈がされることになるものと考えられ,そうであるとすれば,あえて「法定相続分を超える部分の取得については」と規定する必要はないものと考えられる。そして,物権の取得に関する規律に続けて債権の取得に関する規律を設け,同様に,「第三者に対抗することかできない」と規定すれば,ここでの「第三者」も同様の限定解釈がされることになるものと考えられる。これらの点を考慮して,本部会資料では,規律の上では,「法定相続分を超える部分の取得については」という限定を付さないこととしたものである(注)。

(注)仮に,このような表現では前記の実質が必ずしも明確にならず,他の解釈の余地が生ずるおそれがあるということであれば,例えば,「第三者(当該物権を承継した相続人以外の相続人からその法定相続分に係る持分を譲り受けた者を含む。)」と規定すること等によってその点をより明確にすることも考えられるように思われる。

⑶ 債権の承継に関する規律について

ア 債務者対抗要件に関する規律について

中間試案では,債務者対抗要件に関する規律について,法定相続分を超える部分の取得を債務者に対抗するために必要な要件と,法定相続分による承継についても必要となる要件とを明確に区別せずに,これらの要件が混在する記載になっていたため,部会資料18では,この点を分けて記載したところである(第2・2⑵①及び②。同部会資料9頁)。

しかしながら,相続(法定相続分)による権利承継があった場合に,これをどのような資料で証明させるかという問題は,債権の場合に限って生ずる問題ではなく,全ての権利(株主の権利等民法以外の法律に根拠規定があるものを含む。)に共通の問題であり,現行の実務においては,取引慣行や権利の性質等を踏まえ,必要な証明をした上で権利行使がされているものと考えられるところである。

そうであるとすれば,債権についてのみこのような規律(部会資料18・第2・2⑵①)を設けることは法制上困難であると考えられるが,他の権利を含めて規律を設け,相続による権利承継があったことに関する証明手段を法律で限定することについては,その影響等について慎重な検討が必要になるものと考えられる。

これらの点を考慮して,本部会資料では,法定相続分による承継に関する債務者対抗要件(権利行使要件)に関する規律(部会資料18・第2・2⑵①)は設けないこととしている。

また,当部会では,これまで遺産分割又は遺言の内容を明らかにする書面を法律上限定すべきかどうかが問題とされたが,民法において,上記要件を満たす書面の内容や方式等を過不足なく列挙することは困難であることから,このような考え方は採用しなかったものである。

イ 第三者対抗要件に関する規律の修正

従前の部会資料では,遺産分割や遺言(遺産分割方法の指定及び相続分の指定)によって遺産に属する債権を相続人に取得させた場合の債務者対抗要件と債務者以外の第三者対抗要件(以下では,単に「第三者対抗要件」という。)は,確定日付のある証書の要否を除き,同じ要件となっていた。そして,受益相続人等の債務者に対する通知が対抗要件となる場合には,一定の書面の交付を要求していたことから,このような考え方によると,対抗要件が具備される時期は通知と書面の交付の両方の要件を備えた時ということになるものと考えられる。

しかしながら,第三者対抗要件については,対抗要件具備の先後関係によってその優劣を決することになるから(注1),これが具備された時点は明確である必要があるものと考えられるが,前記のような規律によると,特に書面の交付が通知の後にされた場合には,債務者において,いつの時点で対抗要件が具備されたか明確に判断することが困難な場合も生じ得るものと考えられる。

そこで,本部会資料では,債務者対抗要件と第三者対抗要件の規律を分け,債務者対抗要件は従前と同様の要件としつつ,第三者対抗要件については,書面の交付を要求せず,単に確定日付による通知がされた時に具備されることとしている(注2)。

このような規律によると,債務者に対して書面の交付をせずに確定日付のある通知のみをした場合には,第三者対抗要件は具備しているものの,債務者対抗要件は具備していないということになるが,債務者は,この場合には,債務の弁済を拒むことができることになると考えられる。

(注1)これに対し,債務者対抗要件については,対抗要件具備の先後は問題とならないものと考えられる。債権譲渡の場合(民法第467条)においても,債権の二重譲渡がされ,共に債務者対抗要件のみを備えており,第三者対抗要件を備えていない場合には,債務者は,いずれの者からの請求も拒むことができ,かつ,いずれの者に弁済をしても有効な弁済となると解する見解が有力である。

(注2)このように,債務者対抗要件と第三者対抗要件について,確定日付のある証書の要否以外にも異なる規律を設けているものとしては,動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律第4条がある。同法では,債権譲渡登記がされた場合の債務者対抗要件は,債権の譲渡人又は譲受人が債務者に対して登記事項証明書を交付して通知をし,又は債務者が承諾をしたときとされているのに対し,第三者対抗要件については,債権譲渡登記がされた時に具備されることとされている。

4 本部会資料の規律の具体的な適用関係について

⑴ 不動産の場合(動産の場合も同じ。)

【事案】

A(被相続人)

B C D

・ A,甲不動産をBに取得させる旨の遺言

・ 相続人 BとC(法定相続分はいずれも2分の1)

・ C,甲不動産の2分の1の持分をDに譲渡

ア 上記遺言が遺贈である場合〔現行の判例(最判昭和39年3月6日民集18巻3号437頁等)と同じ。〕

現行の判例においても,この場合については,民法第177条を適用すべきものとされており,本規律が設けられてもその点に変わりはないが,本規律は,遺産分割方法の指定や相続分の指定がされた場合も,遺贈と同様の法律構成をとるものであるため,以下では,後記2の法律関係を検討する前提として,この場合の法律関係について検討する。

この場合には,遺贈の当事者(A及びB)以外の第三者との関係では,

㋐ 「遺贈」によるA→Bの物権変動と

㋑ Aの死亡による「相続」を原因とする物権変動(甲不動産の各2分の1の持分について,A→B,A→Cへの物権変動があるものとみる。)

を観念することができる(注)。

このため,BとDとの関係においては,Aを起点とするA→Bの物権変動と,A→C→Dの物権変動(甲不動産の2分の1の共有持分)が二重譲渡類似の関係にあり,かつ,Dは,民法第177条の「第三者」に該当するため,Bは,登記をしなければ,遺贈による物権変動をDに対抗することができないことになる。

(注)この事案でも,BとCとの間では,Cは無権利者として取り扱われ,Bは,Cに対し,登記なくして甲不動産の取得を対抗することができる(他方,Cは,登記の有無にかかわらず,Bに対し,法定相続分による権利の承継を主張することができない)のであるから,㋑の物権変動があるとみるのは,あくまでも第三者(D)が出現した場合ということになる。

イ 上記遺言が遺産分割方法の指定である場合

本規律は,この場合についても,相続人以外の第三者との関係では,

㋐ 「遺産分割方法の指定」によるA→Bの物権変動〔遺言による承継のルート〕と

㋑ Aの死亡による「法定相続」を原因とする権利変動(甲不動産の各2分の1の持分について,A→B,A→Cへの物権変動があるものとみる。)〔法定相続分による承継のルート〕

があるものとし,二重譲渡類似の関係を作出することを意図したものである(注)。

このため,BとDとの関係においては,遺贈の場合と同様,Aを起点とするA→Bの物権変動と,A→C→Dの物権変動(甲不動産の2分の1の共有持分)が二重譲渡類似の関係にあり,かつ,Dは,同条の「第

三者」に該当するため,Bは,登記をしなければ,遺産分割方法の指定による物権変動をDに対抗することができないことになる。

(注)現行の判例は,㋑の物権変動はないものとみているが,本規律は,この点に関する規律の変更を意図したものである。

⑵ 債権の場合

【事案】

A(被相続人) S

B C D

・ A,Sに対する1000万円の貸金債権(以下「本件貸金債権」という。)をBに相続させる旨の遺言

・ 相続人 BとC(法定相続分はいずれも2分の1)

・ C,本件貸金債権のうち500万円をDに譲渡

債権の場合も,相続人以外の第三者との関係では,Aを起点とした二重譲渡類似の関係(A→BとA→C→D)が生ずるものとみる根拠は,不動産の場合と同じであるが,債権の場合には,債務者との関係も生ずるため,以下では,場合分けをした上で,B,D及びSの三者間の法律関係の帰趨について検討を加えた。

ア BとDが共に債務者対抗要件(及び第三者対抗要件)を備えていない場合

㋐ Sは,BとDのいずれに対しても弁済を拒絶することができる。

㋑ Sがいずれかに弁済をすれば,有効な弁済となる(ただし,Dに対する弁済は500万円の範囲内。以下同じ。)。

イ Bのみが債務者対抗要件を備えている場合(いずれも第三者対抗要件は備えていない。)

㋐ Sは,Bから請求があった場合には,弁済を拒絶することができない(拒絶すれば履行遅滞となる。)。

㋑ SがBに弁済をすれば,有効な弁済となる。

貸金債権のうち500万円を譲渡

遺言

貸金1000万円

㋒ Sは,Dから請求があった場合には,弁済を拒絶することができる。

㋓ SがBに弁済せずに,Dに弁済をした場合には,有効な弁済となる。

ウ Dのみが債務者対抗要件を備えている場合(いずれも第三者対抗要件は備えていない。)

イに同じ(BとDを置き換えるだけ)。

エ BとDがいずれも債務者対抗要件を備えたが,第三者対抗要件は備えていない場合

㋐ Sは,B又はDから請求があったとしても,第三者対抗要件を備えていないことを理由に弁済を拒絶することができる。

㋑ Sは,BとDのいずれかに弁済をすれば,有効な弁済となる。

※ もっとも,民法第1013条の見直しに関する中間試案の【乙案】(後記3の【乙-1案】及び【乙-2案】においても同じ。)の考え方を前提とすると,遺言書の交付を受けたSが遺言執行者の存在を知っている場合には,Sとの関係では,C→Dの債権譲渡は無効と取り扱われる結果,そもそも対抗関係(二重譲渡類似の関係)が生じないことになるのではないかと考えられる(後記カ及びキにおいても同じ。この点については,後記3の(補足説明)2〔41頁12行目以下〕参照)。

オ Bのみが第三者対抗要件を備えている場合(BがDよりも先に第三者対抗要件を備えた場合も同じ。)

㋐ Sは,Bから請求があった場合には,弁済を拒絶することができない(拒絶すれば履行遅滞となる。)。

→ ただし,Bが債務者対抗要件を備えていない場合には,弁済を拒絶することができる(請求をした者が債務者対抗要件を備えていない場合に,Sが弁済を拒絶することができるのは,以下でも同じ。)。

㋑ SがBに弁済をすれば,有効な弁済となる。

㋒ Sは,Dから請求があった場合には,弁済を拒絶することができる。

㋓ SがBに弁済をせずに,Dに弁済をしたとしても,Sは,準占有者に対する弁済(民法第478条)と認められる場合等を除き,Bに対し,有効な弁済がされたものと主張することはできない(再度Bに対しても弁済をしなければならない。)。

→ ただし,Bが債務者対抗要件を備えていない場合には,Dのみが

債務者対抗要件を備えていることになるので,Dに弁済をすれば有効な弁済になると考えられる。

カ Dのみが第三者対抗要件を備えている場合(DがBよりも先に第三者対抗要件を備えた場合も同じ。)

オに同じ(BとDを置き換えるだけ)。

キ BとDの第三者対抗要件が同時に備えられた場合(先後関係が不明の場合も同じ。)

㋐ Sは,BとDのいずれに対しても,弁済を拒絶することはできない(弁済を拒絶すれば履行遅滞となる。)。

㋑ Sがいずれかに弁済をすれば,有効な弁済となる。

2 義務の承継に関する規律

① 民法第902条第1項及び第2項の規定にかかわらず,相続分の指定による義務の承継は,相続債権者の承諾を得なければ,相続債権者に対抗することができないものとする。

② 相続債権者は,共同相続人の一人に対して法定相続分による義務の承継を承認したときは,①の承諾をすることができないものとする。

③ 相続債権者が共同相続人の一人に対して①の承諾をしたときは,全ての共同相続人に対してその効力を生ずるものとする。

〔参考 部会資料19-1・16頁〕

相続分の指定と遺産分割方法の指定に関する規律の明確化

ア 甲案(遺産分割方法の指定に関する規律を明文化するもの)

① 被相続人は,〔第908条の規定によるもののほか,〕遺言で,遺産に属する特定の財産を相続人の一人又は数人に取得させる旨を定めることができるものとする。

② 相続人が①により遺産に属する財産を取得した場合において,他に遺産の分割をすべき財産があるときは,第903条の適用については,その相続人は,その財産について遺贈を受けたものとみなすものとする。

ウ 丙案(相続分の指定と遺産分割方法の指定の区別を明確化するもの)

① 被相続人が相続分の指定をする場合には,遺言にその割合を明示しなければならないものとする。

② 被相続人は,〔第908条の規定によるもののほか,〕遺言で,遺産に属する特定の財産を相続人の一人又は数人に取得させる旨を定めることができるものとする。ただし,遺留分に関する規定に違反することができないものとする。

③ 甲案の②に同じ。

(補足説明)

1 基本的な方向性等

部会資料19-1では,義務の承継に関する規律と関連して,相続分の指定と遺産分割方法の指定との関係についても取り上げ,【甲案】(遺産分割方法の指定に関する規律を明確化し,遺産分割方法の指定により取得した財産の価額がその相続人の相続分を超える場合には,相続分の指定を伴うものとして取り扱うことを前提とした考え方),【乙案】(相続分の指定として積極財産の承継割合のみを定めることを認める考え方)及び【丙案】(相続分の指定と遺産分割方法の指定の区別を明確化し,相続分の指定については,遺言にその承継割合を明示する必要があるとする考え方)を提示したところ,第19回会議では,相続人間の実質的公平や相続債権者による債権の円滑な回収を確保する観点から【甲案】を支持する意見がある一方で,【甲案】によると,被相続人が意図しない紛争が生ずるおそれがあるなどとして,【丙案】を支持する意見も複数あったところである。

両者の違いは,相続分の指定の要件として,遺言に権利義務の承継割合を明示する必要があるかどうかという点であるが,この点については,現行法上も解釈に委ねられており,学説上も見解の一致をみないところである。立法論としては,いずれの考え方もあり得るように思われるが,この点についてコンセンサスが得られない場合には,これまでどおり解釈に委ねるほかはないものと考えられる。

なお,第19回会議では,【丙案】について,事案によっては相続債権者の債権回収が困難になる場合が生じ得るところが問題であるとの指摘がされたところであるが,今回の見直しにおいて,遺言により遺産分割方法の指定や相続分の指定がされた場合でも,対抗要件主義を適用することとするのであれば,相続債権者としては,法定相続分を前提として先に差押え等をすれば,受益相続人にも差押えの効力を対抗することができることになるから,現行法の下で【丙案】を採用する場合に比べると,相続債権者に与える影響は小さいようにも思われる。

他方,第19回会議で意見が対立したのは,あくまでもどのような場合に相続分の指定がされたとみるかという点であり,相続分の指定がされた場合の規律自体については,特段見解の対立はないものと思われる。

このため,本部会資料では,この点については,基本的に従前の部会資料と同様の考え方を掲げている。

2 判例を明文化する部分について

義務の承継に関する規律は,基本的には,判例(最判平成21年3月24日民集63巻3号427頁)の考え方を明文化するものであるが,現行法上相続分の指定がされた場合の規律としては,民法第899条において「各共同相続人は,その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継する。」と規定した上で,第902条において,「被相続人は,前二条の規定(法定相続分に関する規定)にかかわらず,遺言で,共同相続人の相続分を定め…ることができる。」と規定しているところであり,現行法との連続性という観点からは,これらの規定はそのまま維持した上で,「遺言による相続分の指定は,相続債権者の承諾を得なければ,相続債権者に対抗することができない」旨の規律を設ける方が相当であるように思われる(注)。

そこで,本部会資料では,このような観点から表現の修正をしているが(これによれば,共同相続人間の内部的な負担割合に関する規律を新たに設ける必要はないものと考えられる。),必ずしも実質的な内容を変更する趣旨ではない。

(注)前記判例においても,「相続人間においては,…指定相続分の割合に応じて相続債務を…承継することになると解するのが相当である。」とした上で,「相続分の指定は,相続債務の債権者(以下「相続債権者」という。)の関与なくされたものであるから,相続債権者に対してはその効力が及ばない」との判示がされているところである。

3 遺言執行者がある場合における相続人の行為の効力等

⑴ 乙-1案(善意の第三者のみ保護されるとする考え方)【中間試案の乙案と同旨の考え方】

遺言執行者がある場合には,相続人がした相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為は無効とするものとする。ただし,これをもって善意の第三者に対抗することができないものとする。

⑵ 乙-2案(遺言執行者がある場合に無効となる行為の範囲を相続人がした行為(任意処分)に限定する考え方)【中間試案の乙案を一部修正した考え方】

① 遺言執行者がある場合には,相続人がした相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為は無効とするものとする。ただし,これをもって善意の第三者に対抗することができないものとする。

② ①本文の規律は,相続人に対して権利を有する者〔相続債権者〕が相続財産についてその権利を行使することを妨げないものとする。

(補足説明)

1 中間試案の【乙案】を採用した場合の問題点

これまでの部会では,遺言による権利の取得については,遺産分割方法の指定や相続分の指定であっても,対抗要件主義を適用することとしつつ,遺言執行者がある場合には,遺言の円滑な執行の観点から,遺言の執行を妨げるべき行為の効力を無効とした上で,善意の第三者のみを保護する考え方(中間試案の【乙案】)を採用する方向で,更に検討を進めることとされていたところである。

もっとも,中間試案の【乙案】のような規律を採用すると,遺言により遺産分割方法の指定や相続分の指定がされた場合に,遺言執行者がいないときは,第三者が法定相続分を前提として受益相続人以外の相続人と取引をし,又は法定相続分による権利の移転があったことを前提に差押え等をしても,先に対抗要件を具備すれば保護されることになるのに対し,遺言執行者があるときは,これらの者についても善意でなければ保護されないことになるが,このように,遺言執行者の有無によってその法的効果が大きく異なるものとすることに合理性があるかという問題もあるように思われる。

そこで,本部会資料では,この点について再度検討することとした。

2 検討

前記のとおり,遺産分割方法の指定や相続分の指定をした遺言について,対抗要件主義を採用することとしたのは,主として㋐被相続人の法的地位を包括的に承継するという相続の法的性質に照らしても,相続の開始によって,被相続人の相手方当事者(被相続人に対して権利を有していた者や義務を負っていた者)の法的地位に著しい変動を生じさせるのは相当でないと考えられること,㋑遺産分割方法の指定や相続分の指定がされた場合には,いつまでも対抗要件を備えなくても第三者に対抗することができるとすると,取引の安全が害されること(個別の取引の安全が害されるだけでなく,実体的な権利と登記の不一致が生ずる場合が増えることにより,不動産登記制度そのものに対する信頼が害されること)等を考慮したものである。

このうち,㋐の理由については,基本的には,遺言執行者がいる場合にも同様に当てはまるものと考えられる。特に,相続債権者との関係では,被相続人が遺言をしたことにより,遺言がない場合に比べて権利行使に時間と労力を要するといった事態が生じないようにするのが相当であるとすれば,相続債権者が遺言執行者の存在を知っているか否かにかかわらず,対抗要件主義を適用すべきもののようにも思われる(部会資料19-1・13頁以下参照)。

このような考え方を前提とすれば,少なくとも,相続債権者との関係では,遺言執行者がいる場合についても,対抗要件主義を適用し,相続債権者は,法定相続分による権利取得を前提として強制執行をすることができるようにすることが考えられる。

他方,相続人の債権者は,相続開始前には,被相続人との間に法律関係が有していたわけではないから,相続開始前後の法的地位の変化という問題は生じないが,現行法の下では,遺言がない場合(遺産分割を要する場合)には,相続債権者及び相続人の債権者のいずれにおいても,遺産分割の結果とは無関係に法定相続分による権利承継を前提とした権利行使が認められていること等に鑑みると,この場合との平仄を考慮すれば,遺言執行者がある場合でも,相続債権者の権利行使を認めることとするのであれば,相続人の債権者についても同様の取扱いをするのが相当であるようにも思われる(他方,前記のような相続債権者と相続人の債権者の違いを考慮して,相続債権者の権利行使のみを認めることも考えられるため,〔 〕を付してこのような考え方を併記している。)。

なお,このような考え方を採用すると,相続債権者や相続人の債権者が相続財産に対して権利行使をすると,遺言執行者による遺言の円滑な執行が妨げられることになるが,遺言がない場合については,これにより遺産分割協議等の円滑な進行に支障が生じてもやむを得ないとされている以上,遺言がある場合についてこれと同様の取扱いがされたとしてもやむを得ないように思われる(むしろ,遺産分割方法の指定がされた場合には,遺産分割をする必要がある場合に比べると,早期に対抗要件を具備することが可能であるものと考えられるから,遺言がない場合よりも問題は少ないように思われる。また,遺言により相続分の指定がされ,遺産分割が必要となる場合については,相続開始後に遺産分割をする必要があるという点では,遺言がない場合と同様の利益状況にあるものといえ,相続分の指定がされた場合のみ,相続債権者等の権利行使が禁止されることとする合理性に欠けるようにも思われる。)(注1)。

次に,被相続人の債務者との関係では,例えば,前記「1の(補足説明)4⑵」(34頁)のような事案では,遺言執行者がいなければ,債務者(S)は,第三者対抗要件の先後によって弁済をすべき者を判断する必要があることになるのに対し,遺言執行者がある場合には,同事案のDの善悪によって対抗関係に立つか否かが変わることになるように思われることから(すなわち,少なくとも同事案のBとDとの間では,Dが善意である場合には,対抗関係にあるものとして取り扱われることになるのに対し,Dが悪意である場合には,そもそもBとDとが対抗関係に立たないことになるものと考えられる。),この場合の取扱いをどのように考えるかが問題となる。

この点については,【乙-1案】ただし書のような善意者保護規定を設ける以上,相続人がした行為の効力については相対的に考えざるを得ないのではないかと考えられる(注2)。したがって,SがBから交付を受けた遺言書により遺言執行者があることを知っていた場合には,Sとの関係では,C→D間の譲渡は無効ということになり,BとDとはそもそも対抗関係(二重譲渡類似の関係)に立たないことになるから,Sは,Bに対して,弁済をすべきことになるものと考えられる(注3)。

このような考え方を前提とすれば,被相続人の債務者との関係では,善意者保護規定の適用対象に含めれば足り,【乙-2案】の「②」のような特則を設ける必要はないものと考えられる。

最後に,相続人と取引をした者については,遺言執行者があり,相続人に処分権限がないことを知っていれば,その取引を止めることが可能であるから,善意者のみを保護すれば足りるものと考えられる。

【乙-2案】は,これらの点を考慮して,遺言執行者がある場合においても,相続人に対して権利を有する者が相続財産についてその権利を行使することを妨げない旨の規律を設けることとしたものである。

なお,【乙-1案】においても,あくまで「相続人がした…行為」が無効であると規定しているにすぎないことから,相続債権者や相続人の債権者の権利行使は妨げられないという解釈もあり得るように思われるところであり(注4),【乙-1案】をとった上で,この点については解釈に委ねることとすることも考えられる。

また,【乙-1案】及び【乙-2案】のように,相続人がした行為の効力を相対的に考えることによって法律関係が複雑になること等を考慮すると,中間試案の【甲案】を採用することについても,改めて検討の余地があるようにも思われる。

これらの点についてどのように考えるか。

(注1)組合についても,組合の目的である事業の円滑な遂行のために,組合員が組合財産についてその持分を処分したとしても,これを組合及び組合と取引をした第三者に対抗することができないこととされているが(民法第676条第1項),組合債権者の権利行使がこれによって制約されることはない。

(注2)このような考え方に対し,前記「1の(補足説明)4⑵」(34頁)のような事案において,仮に,債務者(S)との関係でも,遺言執行者があることについてDが善意であるときはC→Dの債権譲渡は有効であって,対抗関係に立つが,Dが悪意であるときはC→Dの債権譲渡は無効であるとすると,債務者は,Dが善意であるか悪意であるかによって弁済をすべき相手方が変わり得ることになるが,債務者にこのような判断をさせることは相当でないと考えられる。

(注3)この場合において,仮にDが善意であり,Bよりも先に第三者対抗要件を具備していたときは,BとDとの関係では,Dが優先すべきことになるから,Dは,Sから弁済を受けたBに対し,不当利得返還請求をすることができることになるものと考えられる。

(注4)最高裁の判例においても,遺言執行者がいる場合に,相続債権者や相続人の債権者の権利行使が妨げられるかどうかについて,直接判断したものは見当たらない。