「法制審議会民法(相続関係)部会第22回会議資料22-2補足説明(要綱案のたたき台⑴)」の版間の差分

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(2 危急時遺言に関する見直しについて)
(2 危急時遺言に関する見直しについて)
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<p>確かに,[http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=129AC0000000089#1969 民法第976条]1項による方式では遺言者の署名押印が求められておらず,特に[http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=129AC0000000089#1969 民法第976条]第2項及び第3項並びに[http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=129AC0000000089#1975 同法第979条]第2項の各規定では,通訳人が本人の真意を的確に通訳してされているかどうかを本人が直接確認することとはされていない。</p>
 
<p>確かに,[http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=129AC0000000089#1969 民法第976条]1項による方式では遺言者の署名押印が求められておらず,特に[http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=129AC0000000089#1969 民法第976条]第2項及び第3項並びに[http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=129AC0000000089#1975 同法第979条]第2項の各規定では,通訳人が本人の真意を的確に通訳してされているかどうかを本人が直接確認することとはされていない。</p>
 
<p>しかし,いずれの方式による遺言についても,家庭裁判所が遺言者の真意に出たものであるとの心証を得た上で確認をしなければ遺言の効力を生じないとされており([http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=129AC0000000089#1969 同法第976条]第4項,第5項,[http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=129AC0000000089#1975 同法第979条]第3項,第4項),家庭裁判所による慎重な確認がされているものと考えられる(注)。</p>
 
<p>しかし,いずれの方式による遺言についても,家庭裁判所が遺言者の真意に出たものであるとの心証を得た上で確認をしなければ遺言の効力を生じないとされており([http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=129AC0000000089#1969 同法第976条]第4項,第5項,[http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=129AC0000000089#1975 同法第979条]第3項,第4項),家庭裁判所による慎重な確認がされているものと考えられる(注)。</p>
<p>他方,[http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=129AC0000000089#1969 民法976条]1項の方式による遺言は,現に年間100件以上利用されている制度であり,これを廃止することについては,その影響等を含め,極めて慎重な検討を要するものと考えられる。特に,民法第976条第2項及び第3項並びに同法第979条第2項の規定は,聴覚・言語機能障害等を有する者にも同法第976条又は同法第979条に定める方式による遺言をすることを可能とするために設けられたものであり,仮にこれらの規定を削除するとすれば,その代替制度の要否及びその在り方について,実情調査等を踏まえた慎重な検討が必要であると考えられる。</p>
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<p>他方,[http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=129AC0000000089#1969 民法976条]1項の方式による遺言は,現に年間100件以上利用されている制度であり,これを廃止することについては,その影響等を含め,極めて慎重な検討を要するものと考えられる。特に,[http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=129AC0000000089#1969 民法第976条]第2項及び第3項並びに[ http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=129AC0000000089#1975 同法第979条]第2項の規定は,聴覚・言語機能障害等を有する者にも[http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=129AC0000000089#1969 同法第976条]又は[http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=129AC0000000089#1975 同法第979条]に定める方式による遺言をすることを可能とするために設けられたものであり,仮にこれらの規定を削除するとすれば,その代替制度の要否及びその在り方について,実情調査等を踏まえた慎重な検討が必要であると考えられる。</p>
 
<p>これらの点を考慮すると,本部会において,これらの見直しを検討することは困難であるものと考えられ,将来の課題とせざるを得ないものと考えられる。</p>
 
<p>これらの点を考慮すると,本部会において,これらの見直しを検討することは困難であるものと考えられ,将来の課題とせざるを得ないものと考えられる。</p>
<p>(注)家庭裁判所調査官研修所編「家事事件の調査方法について(上巻)」法曹会(平成3年)265頁では,遺言の確認についての家庭裁判所調査官による調査として次の方法が示されている。すなわち,遺言者が生存している場合には,速やかに本人と面談調査して,遺言者の真意から出たものかを確認し,遺言者が死亡している場合には,立ち会った証人,推定相続人,受遺者,親族等を中心に遺言をするに至った事情や遺言の場における実際の手続に重点をおいて面接調査するとともに,当時の病状について医師,看護師等に面接調査又は書面照会して遺言者が真意から遺言できる状態にあったかを明らかにするというものである。</p>
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<p class="kakko_chu" id="家庭裁判所調査官研修所編「家事事件の調査方法について(上巻)」">(注)家庭裁判所調査官研修所編「家事事件の調査方法について(上巻)」法曹会(平成3年)265頁では,遺言の確認についての家庭裁判所調査官による調査として次の方法が示されている。すなわち,遺言者が生存している場合には,速やかに本人と面談調査して,遺言者の真意から出たものかを確認し,遺言者が死亡している場合には,立ち会った証人,推定相続人,受遺者,親族等を中心に遺言をするに至った事情や遺言の場における実際の手続に重点をおいて面接調査するとともに,当時の病状について医師,看護師等に面接調査又は書面照会して遺言者が真意から遺言できる状態にあったかを明らかにするというものである。</p>

2017年7月31日 (月) 13:05時点における版

目次

第1 配偶者の居住権を保護するための方策

1 配偶者の居住権を短期的に保護するための方策

(補足説明)

1 短期居住権に基づく権利の範囲(⑴ア)

⑴ア 短期居住権の内容及び成立要件

第21回部会では,委員から,短期居住権の内容について,居住建物の「使用」権限のみを認め,「収益」権限までは認めないこととしてはどうかという指摘があった。

この点について,判例(最判平成8年12月17日民集50巻10号2778頁)は,居住建物について使用貸借契約を推認するという構成によって配偶者の居住権を保護しているところ,使用貸借においては,その「使用及び収益」が本質的な要素とされているため(民法第593条),判例法理によって推認される使用貸借契約においても,配偶者(借主)には,居住建物の収益権が認められるという理解もあり得るものと思われる。

もっとも,短期居住権は,被相続人の生前には被相続人の占有補助者であった配偶者について,相続開始後に独自の占有権原を付与した上で,相続開始前と同一態様の使用を認めることを目的とするものであるが(注1),配偶者が相続開始前に居住建物の一部について収益権限を有していた場合には,通常その部分については被相続人の占有補助者であったとは認められず,相続開始前の時点から,被相続人と配偶者との間に使用貸借契約等の契約関係が存在する場合が多いものと考えられる(注2)。そうであるとすれば,その部分については,相続開始後も従前の契約関係が継続するものと考えられるから,短期居住権による保護の対象とする必要はないものと考えられる。他方,被相続人が自ら相続開始前に居住建物の一部について収益をしていた場合については,その部分まで短期居住権の対象とし,それによる収益を配偶者のみに帰属させるのは,短期居住権による保護の目的を超えるように思われる。

そのため,本部会資料では,短期居住権については,居住建物の「使用」権限のみを認め,「収益」権限は認めないこととしている(注3)。

(注1)上記判例は,「無償で使用させる旨の合意があったものと推認される」としつつ「使用貸借契約関係が存続する」と判示しており,また,同判例についての調査官解説(野山宏「最高裁判所判例解説民事編 平成10年度」1005頁)においては,「本判決のいう使用貸借においては,特段の事情のない限り,相続開始前と同一態様の使用を続けることを借主の義務とする約定が付されているものと解すべきであろう」とされている。

(注2)そもそも,建物の使用貸借契約においても,借主が第三者に使用又は収益をさせることなく,建物自体から利益を上げるという場面はあまり想定することができないように思われるが,例えば,民泊のように,第三者に独立の占有が移転しない形で,その使用の対価を得る場合等が考えられる。これに対し,居住建物の一部において店舗を営んでいる場合については,あくまでもその店舗における販売等によって利益を上げているにすぎず,建物自体から利益を上げているものとはいえないように思われる。

(注3)これに対し,長期居住権においては,配偶者は建物全体についての権利を取得することを想定しており,また,従前の使用及び収益の状況に応じた財産評価が行われることになるから,被相続人の生前に被相続人又は配偶者が居住建物の収益をしていた場合には,相続開始後に配偶者がその収益権限を承継することを認めてよいものと考えられる。

2 居住建物について遺産分割が行われる場合の短期居住権と長期居住権の関係(⑴ア)

⑴ア 短期居住権の内容及び成立要件

第21回部会では,委員から,居住建物について遺産分割が行われる場合には,配偶者が長期居住権を取得したときであっても,なお短期居住権を認める(遺産分割が行われるまでの居住権の保護は短期居住権に一本化する)こととすることで,長期居住権の評価額を低く抑えるのが相当ではないかという指摘があった。

しかしながら,長期居住権は,登記請求権や第三者対抗力が認められているなど,短期居住権よりも強力な居住権として構成されており,配偶者が長期居住権を取得した場合には,その時点から長期居住権に基づく居住を認めることが,その居住権の保護に資する面もあると考えられる。また,配偶者が自ら希望して短期居住権よりも強力な権利を取得した以上(長期居住権の成立要件において,配偶者が長期居住権の取得を希望していないのに,これを取得する事態は生じないように配慮している。),その評価が相対的に高いものとなるのはやむを得ないと考えられる。加えて,遺産分割によらずに配偶者が長期居住権を取得するのは,その遺贈又は死因贈与を受けた場合に限られるところ,この場合には,その持戻し免除の意思表示があったものと推定されるため,配偶者が取得できる財産が減少するのは,限定された場面に限られると考えられる。

このため,本部会資料でも,従前の提案を維持することとしている。

2 配偶者の居住権を長期的に保護するための方策

(補足説明)

1 長期居住権の存続期間(⑴③,④)

⑴ 長期居住権の内容及び成立要件

③ 長期居住権の設定行為(遺産分割協議若しくは審判,遺贈又は死因贈与契約)においては,その存続期間を定めなければならないものとする。

④ 遺贈又は死因贈与契約において長期居住権の存続期間を定めなかったときは,その存続期間を終身の間と定めたものとみなすものとする。

長期居住権が設定された場合には,その負担を受ける建物所有者は,その存続期間中,対価(賃料)を得ることなく配偶者による建物の使用を甘受すべき立場に置かれることになるから,その存続期間(負担を甘受しなければならない期間)を明確にする必要性は高いものと考えられる。そこで,長期居住権については,その設定行為(遺産分割協議若しくは審判,遺贈又は死因贈与契約)において,存続期間を定めなければならないものとすることとしている(⑴③)。

他方で,長期居住権の存続期間を定めることを必要的なものとする場合には,特に,被相続人が単独行為である遺贈によって長期居住権を設定しようとする場合に,その存続期間が定められていないことを理由として,これが無効になることが想定され,配偶者の保護に欠ける事態が生ずる懸念がある。また,遺言者が遺言においてその存続期間を特に定めずに,配偶者に長期居住権を取得させることとした場合には,配偶者が望む限りその建物の使用を認める趣旨を有していた場合が多いようにも思われる。

このため,本部会資料では,これらの点を考慮して,遺贈又は死因贈与契約において長期居住権の存続期間を定めなかったときは,その存続期間を終身の間と定めたものとみなすこととしている(⑴④)。なお,このようなみなし規定を設けることとしても,遺贈又は死因贈与契約による長期居住権の取得については,その持戻し免除の意思表示があったものと推定されるため,配偶者に予期せぬ不利益が生ずる可能性は低いものと考えられる(注)。

(注)これに対し,①遺産分割協議によって長期居住権を取得した場合には,その財産的価値に相当する金額を相続したものと扱われることから,特に一部分割の場合に,存続期間を終身の間と定めた長期居住権を取得すると,その後の残部分割の際に流動資産などの財産をわずかしか取得できず,かえって配偶者の不利益になる事態も生じ得る。また,②遺産分割審判については,裁判所によってされるものであるため,存続期間の定めが必要的なものとされているにもかかわらず,その定めがされないことは考え難い。そこで,遺産分割協議及び審判については,本文のようなみなし規定を設けないこととしている。

2 長期居住権の登記手続

第21回部会では,委員から,長期居住権の登記手続に関連し,配偶者に長期居住権を取得させる旨の審判があった場合には,配偶者は単独で登記申請することができるのか検討すべきであるという指摘があった。

⑴ この点については,まず,登記義務の履行を命ずる審判は,執行力のある債務名義と同一の効力を有するものとされているので(家事事件手続法第75条),一方の当事者に対し,特定の登記義務の履行を命ずる審判が確定したときは,その者の登記申請の意思表示が擬制され(民事執行法第174条第1項本文),他方の当事者は,単独で当該登記の申請をすることができると考えられる。

⑵ これに対し,審判において,登記義務の履行を命ずる旨の明示がされていない場合には,同様に配偶者による単独申請が認められるかどうかが特に問題となる。
この点に関し,不動産登記法第63条第1項の「確定判決」は,給付判決である必要があるとされているが(大判大正15年6月23日民集5巻536頁),これは,判決において実体法上の物権が原告にあるということが確認されたからといって,被告がその時点で当該物権について登記申請手続に協力をする義務を負っているとは限らないことを考慮したものであると考えられる。
これに対し,長期居住権については,審判において,配偶者に長期居住権を取得させることとされたにもかかわらず,居住建物の所有者がその登記を備えさせる義務を負わない場合は想定されないため,上記のような問題が生ずることはないものと考えられる。
以上によれば,配偶者に長期居住権を取得させる旨の審判がされた場合には,配偶者による単独申請が認められるものと考えられる。

⑶ なお,居住建物の所有権の移転の登記が未了である場合には,長期居住権を取得した配偶者は,その設定の登記の前提として,保存行為(民法第252条)により相続を原因とする所有権の移転の登記等を申請する必要がある。

第2 遺産分割に関する見直し等

1 配偶者保護のための方策(持戻し免除の意思表示の推定規定)

(補足説明)

第18回部会では,遺産分割における配偶者保護のための方策として,居住用不動産の贈与等が行われた場合に,持戻し免除の意思表示の推定規定を設けるという考え方(【甲案】)と,持戻し計算を不要とするという考え方(【乙案】)の2つの考え方を提案したが,本部会資料においては,同部会での議論の状況等を踏まえ,従前の【甲案】の考え方を掲げている。

なお,その内容については,長期居住権を遺贈又は死因贈与した場合も本規律の対象に含めることを明確にした点以外は,部会資料18における説明から特段の変更点はない。

2 仮払い制度等の創設・要件明確化

(補足説明)

1 家事事件手続法の保全処分の要件を緩和する方策(「⑴」)について

本方策による仮分割の仮処分の申立てについても,本案係属要件が要求される点を明らかにしたほかは,部会資料20における提案内容と同様である。

2 家庭裁判所の判断を経ないで,預貯金の払戻しを認める方策(「⑵」)について

⑵ 家庭裁判所の判断を経ないで,預貯金の払戻しを認める方策

部会資料20における提案内容から特段の変更はない(注)。

(注)委員から提案があった代案について

第20回部会において,委員から,葬儀費用の支払及び被相続人の債務の弁済を目的とする場合に限り仮払いを受けられることとし,また,被相続人の債務の弁済を目的とする場合については金額の上限なく預貯金の払戻しを認めるという考え方(以下「代案」という。)の提案があったところであるが,代案には,以下のような問題があるように思われる。

1 単独で権利行使できる割合・金額について上限が(基本的に)ない点
平成28年12月19日最高裁大法廷決定(以下「本決定」という。)により預貯金債権が遺産分割の対象とされ,遺産分割までの間は,原則として共同相続人の一人による単独での権利行使をすることができないこととされた趣旨を踏まえると,裁判所の判断を経ることなく,単独での権利行使を例外的に認めるとしても,「」の方策のように,他の共同相続人の具体的相続分をできる限り侵害することがないよう配慮した制度設計とすべきであると思われる。
代案は,相続債務の弁済を目的とする場合については,金額の上限なく払戻しを認めることになるが,例えば,下記のような事例では他の共同相続人の利益を害する可能性があり,相当ではないように思われる。
【事例】
相続人A,Bの2名(法定相続分各1/2)
相続財産 1000万円(預金)のみ
Aに対する特別受益(生前贈与) 800万円
Aが,被相続人の債務の弁済のため,980万円の支払を受けたものとする。

⑴ Aへの支払がない場合
Aの具体的相続分 (1000万+800万)×1/2―800万=100万円
Bの具体的相続分 (1000万+800万)×1/2=900万円
となり,Aは遺産分割で100万円(特別受益と合わせて900万円),Bは900万円取得でき,公平な遺産分割を実現できる。

⑵ Aへの支払があった場合(遺産分割における精算の仕組がある場合)
具体的相続分の計算は変わらないから,遺産分割審判においては,
「Aに,既に支払を受けた預金980万円を取得させる。
 Aは,Bに代償金として880万円を支払え。
 Bに,預金20万円を取得させる。」
となると思われる。Aは,Bに対してBの負担する債務も支払っているので,490万円の求償債権を取得するが,代償金債権と相殺することによって,Bは,Aに対して390万円の代償金債権を有していることになる。
この場合,Aが遺産分割時に無資力となっていれば(仮払いを受けたいと考える者は資力が十分ではないことも多いのではないかと思われる。),Bは390万円を回収できず,計算上不公平が生じることとなる。
また,葬式費用については,一応,金額の上限を設けることも想定されているが,例えば,金額の上限が100万円であるとして,預金が100万円しかなかった場合には,全額の払戻しが認められることになる。葬式費用の負担者については,学説上様々な見解が示されており,喪主負担説も有力であるが,仮にこのような考え方に立つと,払戻しをした者が喪主であれば,本来は自ら負担しなければならない費用の支払について,遺産からの支払を認めることになり,他の共同相続人の利益を害するおそれがあるものと思われる。他方,前記のような学説の状況等に照らし,相続人負担説を前提とした立案をすることも困難であると考えられる。

2 費目を限定している点について
また,代案では,葬儀費用と相続財産に属する債務の弁済に費目を限定しているが,なぜ,この費目に限って,裁判所の判断を経ることなく遺産分割前の払戻しを認めるのか,必ずしも明らかでないように思われる。代案は,葬儀費用や相続債務の支払については裁判所での手続を待っていては,時間がかかって迅速な資金需要に対応できないことから,これらの費目を掲げているものと思われるが,本決定の共同補足意見で言及のある相続人の当面の生活費についても,迅速に対応する必要があるという意味では同じではないかとも思われる。また,部会資料20・2頁でも言及したとおり,例えば,被相続人が物上保証をしていた場合に相続人の一人が被担保債権の弁済を行うことについては,相続財産に対する競売等を免れるという意味において相続債務の弁済を行う場合とほぼ同様の必要性が認められると考えられるところであり,支払の迅速性という観点で,費目を適切に切り分けることは相当に困難ではないかと思われる。

3 一部分割

3 一部分割

(補足説明)

1 提案内容の修正について

部会資料21における提案からの実質的な変更内容はない。

2 懸念点について

部会資料21・16頁にもあるとおり,本方策を設けることの懸念点としては,①一部分割が複数回行われることにより,特別受益や寄与分等の判断が異なり,法律関係が複雑化するおそれがある,②共同相続人に一部分割の請求を認めると,当事者の関心のある財産のみが分割され,その余の経済的価値が低い財産が放置される,所有者の把握が難しい不動産が増えるおそれがあるという指摘がされている。

まず,上記①の点については,委員等から指摘があったとおり,民事訴訟においては一部請求が当然に認められているところ,判断が裁判所ごとに異なるおそれがあるという問題点は民事訴訟における一部請求においても存在している問題であり,一部分割の請求における固有の問題とはいえないように思われる。

次に,上記②の点に関連して,委員から,一部分割の請求を認めない要件として,提案では「共同相続人の一人又は数人の利益を害するおそれがあるとき」としているが,公益的な観点から一部分割の請求を認めない場合も含められるような要件設定にすべきではないかという指摘があったところである。この点,現行民法では,共同相続人は,「いつでも,その協議で,遺産の分割をすることができる」(第907条第1項)こととされており,遺産分割をするか否かは共同相続人の任意の判断に委ねられ,特に公益的な観点から遺産分割協議をすべき時的限界等は設けられていないところ,当事者が遺産分割をすることとした場合には公益的な観点を考慮して「全部分割すべき」と考えることができるのか,理論的に問題があるように思われる。そもそも相続開始により,価値の低い財産も含めて,遺産は共同相続人による共有となるし,また,遺産分割協議で当該財産を共同相続人による共有とすると決めた場合も同様であって,一部分割の請求を明文上認めることが,必ずしも所有者の把握が難しい不動産が増えることになるという論理的な関係にはないように思われる(もっとも,一部分割の請求をすることができるということを明文化することによって,これまで一部分割をすることができることを知らなかった当事者が,一部分割を活用し,価値の低い財産が放置されることが増えるという弊害が生ずる可能性は否定できない。)。

以上につき,どのように考えるべきか。

4 相続開始後の共同相続人による財産処分

4 相続開始後の共同相続人による財産処分

(補足説明)

1 規定を設ける必要性について

相続開始後に共同相続人が財産処分を行った場合には,その処分を行った者が処分をしなかった場合と比べて利得をするという不公平が計算上生じ得るところ,公平かつ公正な遺産分割を実現するために,何らかの救済手段を設ける必要性が高いことは,部会資料20及び21において述べたとおりである。

特に本決定により,預貯金債権は遺産分割の対象に含まれるとの判断がされたところ,本決定前は,預貯金債権は法定相続分で分割されることとなる結果,共同相続人の一人がその法定相続分に相当する額の払戻しをしたとしても,それはそもそも遺産ではなかったのであるから,これを含めた計算において不公平が生じたとしたやむを得ないと考えることができたとしても,本決定後は,預貯金債権が遺産分割の対象とされ,これを含めて公平かつ公正な遺産分割をするのが法の要請であるといえることからすると,共同相続人の一人が,遺産分割前に預貯金を処分したことにより,処分がなかった場合と比べて利得をするということを正当化することは相当に困難であるものと考えられる(注)。本決定により,共同相続人は,単独での預貯金の払戻しをすることができないこととなるため,今まで以上に共同相続人の一部の者による口座凍結前の預金払戻しが増える可能性があり,決して看過することのできない問題であると考えられる。

(注)本決定前においても,特別受益のある者が不動産の持分を処分した場合には,同様の問題が生じ得たものと考えられるが,不動産の持分が処分されたようなケースにおいては,誰が処分をしたのか登記上明らかであることから,当該処分をした相続人の同意を得て,当該処分された持分も含めて遺産分割の対象とするということが比較的容易であったものと考えられ,問題が顕在化することは少なかったのではないかと考えられる。

2 基本的な考え方

立法的な解決により,不当な結果を是正する方向性としては,部会資料20・12頁以下にも記載したとおり,①遺産分割の中で処理をするという考え方と,②償金請求をすることができる旨の規定を設け,一般の民事事件として処理をするという考え方があり得るところである。

【甲案】は,上記①の考え方に基づくもの,【乙案】は,上記②の考え方に基づくものということになる(なお,部会資料21・18頁において,【甲案】と【乙案】の折衷的な案として,遺産としてみなすか否かは家庭裁判所の裁量に委ね,(家庭裁判所が裁量権を行使しなかった結果等により)現に分割すべき遺産がなくなった場合において,損失を被った共同相続人は,財産の処分をした相続人に対して償金請求できる旨の提案を行ったが,償金請求権の発生原因事実が,家庭裁判所が裁量権を行使しなかったことになるのはおかしいのではないか,規律として中途半端ではないかという指摘がされたことを踏まえ,今回の提案には含めていない。)。

3 【甲案】について

【甲案】は,部会資料20・7頁において掲げた提案と同じである。

この提案に対しては,これまでの審議において,①共同相続人が処分したか否かが審理の対象となるため紛争が長期化・複雑化するおそれがある,②処分された財産についても「遺産」とみなすため,【甲案】では,審判において処分された遺産の帰属についても主文として掲げられることが想定されているが,処分が既にされた財産についても主文として掲げることは,国民にとって分かりにくいのではないか,③共同相続人の一人による財産処分について家庭裁判所が本規律を適用して遺産分割を行ったが,事後的に別の共同相続や第三者が処分をしたことが明らかになった事案において,当初の遺産分割の効果が覆るおそれがあるのではないかといった懸念が示されたところである。

まず,上記①の点については,確かに遺産分割の中の争点の1つとして審理の対象となり,紛争が長期化・複雑化するおそれがあるという懸念自体は否定できないものの,相続人の具体的相続分を算定する上で前提となる特別受益の有無・額については,数十年前の古い贈与であっても,当事者の主張立証を経て家庭裁判所が認定しており,それと比べて,相続開始後に共同相続人によって預貯金を含む遺産が処分されたか否かという事実認定が特段に難しい判断を伴うものとも思われない(預貯金の払戻しが窓口で行われた場合には,払戻しの手続を行った際の書類等を見れば誰が払戻しをしたか分かるケースも多いし,また,キャッシュカードを用いて自動預払機から現金を払い戻したケースについては当該キャッシュカードの保管状況等について証拠調べをすること等により,誰が払戻しをしたか推認することができる場合も相当数あるように思われる。)(注1)。

次に,上記②の,遺産分割の時点で現に存在しない財産も含めて,遺産分割審判の主文で掲げることになるという点については,現行法上も想定されているものと考えられる。すなわち,現行法の下においても,家事事件手続法第200条第2項の仮分割の仮処分がされた場合には,本分割において,仮払いにより仮に取得することとされた預貯金債権についても改めて分割をする旨の審判をすることになるものと考えられる(部会資料18・21頁(注3)参照)。この理は,仮分割の仮処分により,払い戻された預貯金が遺産分割時には既に費消されていたとしても変わらないものと考えられる。このように,遺産分割時に既に存在しないものを主文で掲げるということは,現行法の下においてもあり得る問題であり,部会資料20・10頁【事例1】(γ説による処理)や同・15頁(注1)の審判例においても示したとおり,「Aに,(既に取得した)預金200万円を取得させる。」,「Aに,(既に第三者に譲渡した)不動産の持分1/2を取得させる。」のように主文の内容を工夫することにより,国民にとって分かりやすい裁判を実現することも可能ではないかと思われる。

また,上記③の点については,以下のように考えることができる。まず,共同相続人Aが処分したものとして遺産分割審判を行ったところ,その後共同相続人Bが処分したことが判明した場合については,共同相続人の一人によって,遺産の一部が処分されたことには変わりはないので,本提案の規律の適用はあるものと考えられる。したがって,本提案の規律に基づき,具体的相続分を計算し,遺産分割における取得額の計算をすることには変わりはないものと思われる。ところで,本提案の規律に基づく処理の場合,部会資料20・9頁の【事例1】のような場合には同・10頁のとおりの審判がされるものと考えられるが(注2),このAに取得させるとされた預金200万円は,AではなくBが払い戻したことが事後的に判明した場合には,Aは,Bに対して,200万円の不当利得返還請求権を取得することとなり,これは,別途訴訟において請求することができるものと考えられる(Aが払い戻したという家庭裁判所の判断には,既判力はない。)(注3)。一方,共同相続人ではなく,第三者が遺産の一部を処分していた場合については,本提案の規律の適用はないこととなり,第三者が処分した財産については,遺産分割の対象財産ではなかったこととなる。この場合の遺産分割の効果については,遺産分割を行ったがその分割対象財産に遺産ではないものが含まれていた場合と同様であり(現行法上もある問題である。),基本的には,遺産分割の有効性には影響を与えず,民法第911条の担保責任の問題として処理されるものと考えられ,いずれにせよ,本提案の規律を設けることにより,遺産分割審判が事後的に覆る可能性が高くなるとはいえないように思われる。

(注1)これに対し,払い戻した現金をどのような使途で費消したのかという点については,実際にその払戻しを行った者以外による立証は困難であるものと考えられるが,本方策は,払い戻した預貯金の使途についての事実を解明することを求めるものではない。なお,払い戻した預貯金の使途が,相続債務の弁済や,共同相続人全員で負担するとの合意のある葬儀費用の弁済に充てられたのであれば,当該払戻しをした者が,他の共同相続人に対して求償権を有することになる。
部会において,払い戻した預貯金の使途が相続債務の弁済や葬儀費用の弁済に充てられた場合に,当該払戻しをした者の具体的相続分に充当するのは酷ではないかという指摘もあったが,①上記のとおり資金使途の立証は,当該払戻しをした者が最も容易にすることができるところ,その資金使途が証拠上明らかではない場合に他の共同相続人が負担すべきという帰結は相当ではないと思われること(遺産に含めない場合は他の共同相続人が負担することとなり,また,実体法上の何らかの請求権を当該処分をした相続人に対して取得するとしても,その立証の負担も負うこととなる。一方,遺産に含めた場合は,当該処分をした相続人がそれらのリスクを負うこととなる。),②資金使途が証拠上明らかなケースについては,求償債務の精算も見据えて,公平な遺産分割ができるよう審判内容を工夫することもできるように思われる(なお,求償債務をめぐる具体的な計算例については,部会資料18・23頁(注2)の事例参照)。

(注2)部会資料20・9頁【事例1】の事例及びγ説の審判例
【事 例】
相続人A,B(法定相続分1/2ずつ)
遺産 1400万円(1000万円(不動産)+400万(預金))
特別受益 Aに対して生前贈与1000万円
Aが相続開始後に密かに200万円を払い戻した場合(準占有者に対する弁済として有効であることを前提)
【審判例】
・ Aに,(既に取得した)預金200万円を取得させる。
・ Bに,預金200万円及び不動産甲(1000万円)を取得させる。

(注3)このような処理が可能であるのは,【甲案】においては,相続人が処分した財産についても,遺産分割の時において遺産としてなお存在するものとみなした上で,各自の具体的相続分を算定することとしている結果,預貯金を払い戻した者が相続人である限り,それが誰であろうと,その結論(具体的には,分割の対象となる財産と各相続人の具体的相続分額)には何ら影響を及ぼさないためである。その上で,仮に,家事審判においてその預貯金債権を取得した者(通常はその家事審判でその預貯金の払戻しをしたと認定された者)が他の相続人による払戻しによりこれを取得することができなかった場合(家事審判の認定が誤っていたことが前提)には,それを原因とする不当利得返還請求権が認められることになると考えられる。以上のとおり,相続開始後に預貯金を払い戻した者に関する家事審判の事実認定が誤っていたとしても,その払戻しをした者が他の相続人である限り,その審判における主文の正当性には何ら影響しないと考えられる。

4 【乙案】について

【乙案】は,多額の特別受益のある者が遺産を処分したことにより生じる計算上の不公平を是正する手段として,償金請求をすることができる旨の規定を設け,通常の民事事件(第一審は,原則として地方裁判所ということになる。)として処理をするという考え方に基づくものである。具体的には,①当該処分がなかった場合における他の共同相続人の具体的相続分に応じて計算された遺産の取得額と,②当該処分がされた場合における他の共同相続人の具体的相続分に応じて計算された遺産の取得額の差額について,当該処分を行った者に対して償金請求をすることができることとしている(注1)。

なお,【乙案】は,法定相続分の割合での財産処分は有効(適法)であるという点は維持しつつ,それによって損失を被った他の共同相続人は,当該処分をした共同相続人に対して償金請求できることとしている。したがって,具体的相続分に権利性がない,すなわち具体的相続分を前提とした確認訴訟ができないことや,法定相続分での財産処分について不法行為が成立しないという点には変わりはない(注2)。

なお,従前の実務のとおり,全当事者の合意によって遺産分割の中で処理できた場合には,他の共同相続人は,「損失」を受けていないものとして,償金請求権が消滅することになるのではないかと考えられる(注3)。したがって,全当事者に合意がある場合には,遺産分割の中での精算も可能となり,1回的解決を図ることもできるものと思われる。

さらに,寄与分について考慮することも考えられなくはないものの,償金請求の額が,その後に発生する(厳密には先行する場合もある)寄与分の審判によって変動することとすると,償金請求訴訟が先行した場合,寄与分の審判が確定するまではその訴訟を終結することができないことになるため,本提案では考慮の対象としていない(注4)(注5)(注6)。

以上につき,どのように考えるべきか。

(注1)具体例については,部会資料21・23頁(注2)(注3)参照。また,計算 式については,同(注1)参照。

(注2)なお,預貯金債権については,本決定により遺産分割の対象財産となるとともに,共同相続人の一人による単独での権利行使も禁じられることになったものと考えられる。そうすると,共同相続人の一人によって預貯金の払戻しが行われることは,違法であり,他の共同相続人は不法行為に基づく損害賠償請求をすることができると解する余地もあり得なくはない。この場合において,具体的相続分を前提として,権利侵害又は損害を評価することができるということであれば,本提案の規律と同様の結果を実現することができるが,具体的相続分に権利性がないとしている判例との整合性がなお問題となり得るものと考えられる。

(注3)離婚の際の財産分与において,慰謝料についても考慮することができるものとされているが,財産分与において慰謝料が考慮された場合には,実体法上発生している慰謝料請求権については,損害が填補されたものとして消滅することになるものと考えられる。共同相続人の一人が遺産を処分したことにより,償金請求権が発生するものの,遺産分割の中でこれが考慮され精算の対象となった場合には,その損失が填補されたものとして償金請求権は消滅することになると考えられる。

(注4)具体例(寄与分が認められた場合)
【事 例】
相続人A,B(法定相続分1/2ずつ)
遺産 1400万円(1000万円(不動産)+400万(預金))
特別受益 Aに対して生前贈与1000万円
Aが相続開始後に密かに200万円を払い戻した場合(準占有者に対する弁済として有効であることを前提)。審判において,Bの寄与分が100万円認められたものとする。
【① Aの払戻しがなかった場合の遺産分割における取得額】
Aの具体的相続分(1400万+1000万―100万)×1/2―1000万=150万
Bの具体的相続分(1400万+1000万―100万)×1/2+100万=1250万
→ したがって,Aは,150万円(生前贈与と合わせて1150万円),Bは,1250万円,取得できる。
【② Aの払戻しがあった場合の遺産分割における取得額】
A,Bの具体的相続分の計算は,上記のとおり。
遺産分割時の遺産の価額は,1200万円であるから,それぞれの遺産分割における取得額は,
A 1200万円×(150万/(150万+1250万))=129万円
B 1200万円×(1250万/(150万+1250万))=1071万円
となる。
【寄与分を考慮した場合の償金請求の額】
償金請求において,寄与分を考慮した場合には,Bは,①と②の差額である
1250万-1071万=179万円
を償金請求することができることとなる。
寄与分を考慮しない場合には,部会資料21・23頁(注2)にもあるとおり,償金請求することができる額は171万円となり,処分がなかった場合と全く同じ結果が実現できるわけではないものの,この一事をもって,Bに償金請求権を与える必要はないという結論にはならないものと思われる。

(注5)【甲案】と寄与分の審判の関係について
なお,【甲案】においては,遺産分割の手続の中で,処分された財産についても遺産として考慮されることになるため,寄与分の審判結果についても考慮することができる。例えば,前記(注4)の事例を前提とすると,
Aの具体的相続分 150万円
Bの具体的相続分 1250万円
→ そして,【甲案】においては,Aが処分した預金200万円についても遺産分割の対象とみなされることになるから,Aは遺産分割において150万円相当,Bは遺産分割において1250万円相当を取得することができ,審判としては,
「Aに,(既に取得した)預金200万円を取得させる。
 Aは,Bに対し,代償金50万円を支払え。
 Bに,預金200万円及び不動産(1000万円)を取得させる。」
となるものと考えられる。
なお,預金の払戻しをしたのがAではなく,Bであることが事後的に判明した場合には,前記のとおり,Aは,Bに対して,200万円の不当利得返還請求権(又は不法行為に基づく損害賠償請求権)を取得することになり,上記審判によって負担するものとされた代償金債務50万円を相殺することによって,Aは,Bに対して,150万円,訴訟において請求することができると考えることができる。

(注6)もっとも,相続の開始後に認知され相続人となった者の価額賠償請求権(民法第910条)については,寄与分を考慮することができるものとされている(第904条の2第4項。なお,家事事件手続法第191条第2項は遺産分割が既に終了した場合でも寄与分の審判の申立てがあり得ることを想定した規定となっている。)。この場合,価額賠償請求訴訟が提起された後に,寄与分の審判の申立てがあると,前者の訴訟手続を終結させることはできないこととなる。公平さを徹底しようとする場合,第904条の2第4項に本提案の規律も含めることとした上で,寄与分を考慮するという制度設計もあり得なくはないように思われる。

第3 遺言制度に関する見直し

1 自筆証書遺言の方式緩和

1 自筆証書遺言の方式緩和

(補足説明)

自筆証書遺言の方式緩和については,第17回部会では,自筆証書遺言の利便性の向上と紛争予防のバランスを考慮しながら,更に検討することとされたため,以下のとおり更に検討を加えたが,基本的に,部会資料17と同様の規律としている(表現等を一部修正した。)。

1 契印の要否,同一の印の押捺を要求することの要否について

第17回部会では,委員から,本文と目録の一体性確保の見地から,契印や同一の印による押捺を要件とするのが相当ではないかとの指摘がされた。

しかしながら,押捺を求める印は印鑑登録されたものに限定されていないことからすると,契印や同一の印による押捺を求めたとしても,遺言の変造防止の効果は限定的であるように思われる。また,これ以外の場面では,契印や同一の印による押捺を要求していないにもかかわらず,本方策による見直しの場面に限り,このような要件を付すと,この点に関する方式違反が増えるおそれもあって相当でないようにも思われる。

このような観点から,本部会資料でも,契印及び同一の印による押捺までは要求しないこととしているが,どのように考えるか。

2 遺言の変更における財産の特定に必要な事項の扱いについて

部会資料17では,自筆証書中の「加除訂正をする場合には,当該加除訂正部分の自書を要求する点を含め,現行の加除訂正の方式によるものとする。」として,加除訂正の場面では,財産の特定に必要な事項であっても,自書であることを要することを前提としており,の規律も同様の理解に基づくものである。しかし,別紙として添付していた財産目録を削除し,修正した財産目録を添付する方法で加除訂正を行う場面を想定すると,仮に新たな財産目録が自書によらないものであったとしても,旧財産目録を新財産目録のとおり訂正する旨の文言が自書されており,かつ,新たな財産目録の全ての頁に遺言者の署名押印がされているのであれば,変造等のおそれは低いと考えられる。そうすると,遺言の変更の場面で新たな財産目録を自書することを要求することは,遺言者に過度の負担を求めるものであるようにも思われる。したがって,遺言の変更の場面においても,財産の特定に必要な事項は,自書であることを要しないとする考え方もあり得ると思われるが,どのように考えるか。

3 遺言の変更の要式性との関係について

第17回部会では,遺言の加除訂正については全て自書でしなければならないとの従前の規律を前提に(上記2において従前の提案を維持することを前提に),遺言者が自筆証書遺言作成後に自書によらない財産目録を追加した場合を念頭に置いて,このような行為を遺言の変更の要式性との関係でどのようにとらえるべきかを検討すべきであるとの指摘がされた。

従前の規律では,遺言作成時には財産の特定に必要な事項については自書であることを要しないとする一方,一旦作成された遺言について加除その他の変更を加える場合には,その部分についても自書しなければならないこととしている。そうすると,自書によらない財産目録を追加することは,遺言の適式な変更とみることはできず,新たな遺言がなされたものとみるか,当初の遺言に対して不適式な加除その他の変更が加えられたとみるかのいずれかになるものと思われる。例えば,作成日付よりも後の日付の登記事項証明書が添付された自筆証書遺言の効力について検討する場合,まず,現行法下でも問題となり得る実際の作成日とは異なる日付が記載された自筆証書遺言として,その全体が有効とならないかを検討し,全体として有効な遺言とみることができない場合には,不適式な加除その他の変更が加えられた遺言として,訂正内容及び全体に占める訂正の比重等に照らし,訂正部分のみが無効となるか,遺言全体が無効となるかを判断すべきことになるものと思われる。

2 自筆証書遺言の保管制度の創設

2 自筆証書遺言の保管制度の創設

(補足説明)

遺言保管の対象を民法第968条第1項の方式による遺言とすることにした点以外は,部会資料17における提案と同様である。

1 遺言保管の対象となる遺言の範囲

第17回部会において,委員から,遺言の方式に関する法律の抵触に関する条約を念頭に,遺言保管の対象となる自筆証書の範囲を明確にすべきであるとの意見があった。そこで,以下では,㋐外国法に定める方式による遺言,㋑外国語でされた遺言及び㋒外国人によってされた遺言のそれぞれについて,遺言保管制度の対象とすることの当否について検討する。

㋐については,外国法におけるあらゆる遺言方式を把握することはおよそ不可能であることから,外国法の方式による遺言であるとする文書について保管の申し出がなされたとしても,法務局は,それが遺言に該当するか否かを的確に判断することはできないと考えられる。したがって,遺言保管の対象は,少なくとも制度開始の時点では,民法第968条に定められた方式による遺言に限らざるを得ないと考えられる。なお,遺言保管は遺言の有効性には何らの影響がないから,外国法の方式による遺言を遺言保管の対象から除外したとしても,前記条約や遺言の方式の準拠法に関する法律の趣旨に反するものではないと考えられる。

㋑についても,法務局において判読することができるものでなければ,それが遺言保管の対象となるかどうかを判断することができない。したがって,少なくとも制度開始時点では,日本語による遺言を対象にすることを想定している。

㋒については,その者が日本語で民法第968条に定める方式によって遺言をしたのであれば,それを遺言保管の対象から除外すべき理由はないものと考えられる。

2 検認を不要とする時期について

第17回部会では,遺言保管制度を利用した遺言について検認を不要とすること自体には概ね異論がなかったものの,遺言保管制度の運用を開始して一定期間が経過した後から検認を不要とする取扱いにしてはどうかとの意見があった。

この点については,現在,家庭裁判所による検認手続で行われているのは,遺言の現状の記録,発見時の状況の聴取,保管状況の聴取等が中心であると思われるところ,遺言保管の対象となっている遺言については,これらはいずれも自明であると考えられる。そうすると,保管者や相続人らに負担を掛けてまで,検認を義務付ける必要はないものと考えられる。したがって,遺言保管の対象となる遺言については,当初から検認を要さないこととしてよいものと思われる。

3 遺贈の担保責任

(補足説明)

部会資料17における提案内容と同様である。

4 遺言執行者の権限の明確化等

4 遺言執行者の権限の明確化等

(補足説明)

1 預貯金債権の解約権限等について

預貯金の解約権限については,第20回部会において,預貯金の一部のみについて遺産分割方法の指定がされた場合にも預貯金契約の全部を解約することができることとすることの当否や,履行期が到来しているかどうかによって遺言執行者の権限を変えることの当否について,それぞれ問題点を指摘する意見が出されたところである。

前者の点については,確かに,預貯金の一部のみについて遺産分割方法の指定がされた場合にも預貯金契約の全部を解約することができることとすると,遺言執行者に遺言の執行に必要な権限を超えて,相続財産の処分権限を認めることにもなり得ること,遺言執行者の職務としては,通常,相続の開始後比較的短期間のうちに遂行可能なものが想定されているものと考えられるが,仮に遺産分割の対象となる預貯金債権についても解約権限を認めることとなると,遺言執行者は,解約により取得した預貯金(現金)を遺産分割が終了するまで保管すべき義務を負うこととなって相当でないと考えられること等に鑑み,本部会資料では,遺言執行者に預貯金契約の解約権限が付与されるのは,預貯金債権の全部について遺産分割方法の指定がされた場合に限ることとしている。

他方で,預貯金債権は,預貯金契約上の地位を準共有する共同相続人が全員で預貯金契約を解約しない限り,各共同相続人に確定額の債権として分割されることはないと解されているが,これらの預貯金債権の特殊性に鑑みれば,預貯金債権の一部について遺産分割方法の指定がされた場合にも,遺言内容の円滑な実現を可能にする観点から,遺言執行者にその一部については払戻し権限を認めるのが相当であると考えられる。

なお,払戻しや解約について,払戻しや解約の「申入れ」をする権限を有することとしたのは,遺言執行者に強制的な解約権限まで認めるものではないことを明確にする趣旨である。

これらの点について,どのように考えるべきか。

2 動産の引渡権限について

従前の部会資料では,原則として,遺言執行者に対抗要件具備権限を付与することし(2イ①),かつ,動産については,その引渡しが対抗要件となっていること(第5・1⑴)を踏まえ,動産につき遺産分割方法の指定がされた場合には,遺言執行者に動産の引渡権限を付与することとしていたが,この点については,遺言執行者にとって過度の負担になるおそれもあるなどとして,慎重な検討が必要であるとの指摘がされていたところである。

そこで,以下では,この点について検討する。

まず,民法上,動産が譲渡された場合の対抗要件は引渡しとされているが,これは,一般に,取引安全との関係では現実の引渡しがされた場合に限り対抗要件が具備されることとするのが望ましいが,円滑な動産取引の要請等に鑑み,簡易の引渡し(同法第182条第2項),占有改定(同法第183条)及び指図による占有移転(同法第184条)についても,これを対抗要件として認めることとしたものであるとされ,他方,これでは公示が十分でないことを考慮し,即時取得の制度(同法第192条等)等を設けてこれを補完することとされてきたところである。そして,簡易の引渡しや占有改定においては,直接動産を占有する者の意思表示が引渡しの要件となっており,指図による占有移転においても,本人から代理人に対する意思表示が引渡しの要件となっていること等に鑑みると,動産の対抗要件制度においては,直接の占有者の認識をもって公示に代えているものと考えられる。

ところで,相続による占有の承継について,判例(最判昭和44年10月30日民集23巻10号1881頁)は,「被相続人の事実的支配の中にあった物は,原則として,当然に相続人の支配の中に承継されるとみるべきであるから,その結果として,占有権も承継され,被相続人が死亡して相続が開始するときは,特別の事情のない限り,従前その占有に属したものは,当然相続人の占有に移ると解すべきである。」と判示しているが,これは,飽くまでも相続人が物権的請求権の相手方となり得るかどうかが争点とされた事案に関するものである。前記のとおり,相続による動産の物権変動についても対抗要件主義を適用し,法定相続分を超える持分の取得を第三者に対抗することができないこととした場合に,観念的な占有の移転をもって対抗要件を具備したといえるかどうかは,前記判例の事案とは異なる検討を要するように思われる。そして,前記のとおり,動産の物権変動においては,直接の占有者の認識を通じて公示がされているとの理解を前提とすると,仮に相続によって観念的な占有の移転があったとしても,これによって直接の占有者が相続による権利変動の内容を当然に認識することにはならないから,観念的な占有の移転では対抗要件とならないと解する余地が十分にあるものと思われる。

このような理解を前提としつつ,従前の規律を維持することとすると,遺言執行者は,受益相続人に対抗要件を具備させるために,自らこれを受益相続人に直接引き渡すか,あるいは,それ以外の方法による引渡しをする必要があることになるが,例えば,被相続人が直接占有していた動産について,受益相続人以外の相続人がこれを直接占有するに至った場合には,その相続人が自ら以後受益相続人のために占有する旨の意思を表示しない限り,遺言執行者としては,その相続人に対し,その動産の引渡しを求めるか,あるいは,意思表示の擬制を求める訴えを提起しなければならないことになる。しかるに,遺言者が遺言執行者の選任をした場合であっても,遺言者の通常の意思としては,基本的に遺言執行者が単独で行うことができる職務を委任する趣旨である場合が多く,訴訟の提起まで要するような行為については,これを行うかどうかは受益相続人の判断に委ね,遺言執行者に訴訟追行までを委ねる意思はない場合も多いように思われる(注1)。これに加えて,そもそも動産の公示制度が必ずしも十分なものとはいえないことをも併せ考慮すると,遺言執行者にそのような負担を課してまで,受益相続人に動産の対抗要件を具備させる必要性に乏しいものと考えられる。また,動産の引渡しの方法については現実の引渡しの他,指図による占有移転など複数の方法があるところ,そのいずれの方法によるかは,遺言執行者よりも,動産の所有権を取得した受益相続人の判断に委ねるのが相当であるように思われる。

これらの点を考慮して,本部会資料では,動産について遺産分割方法の指定がされた場合にも,遺言によって別段の意思が表示された場合を除き,遺言執行者にその引渡しをする権限はないこととしている(注2)。

(注1)この点を強調すると,不動産や債権について遺産分割方法の指定がされた場合についても,受益相続人が単独で対抗要件を具備することができる以上,遺言執行者の権限とする必要はないとも考えられる。この点についてどのように考えるか。

(注2)なお,登録又は登記が対抗要件とされている動産(例えば,登録自動車(道路運送車両法第5条),船舶(商法第687条),登録を受けた飛行機等(航空法第3条の3))については,原則どおり,遺言執行者が対抗要件を具備させる権限を有することになる。

第4 遺留分制度に関する見直し

1 遺留分減殺請求権の効力及び法的性質の見直し

1 遺留分減殺請求権の効力及び法的性質の見直し

(補足説明)

1 現物給付に関する規律について(⑶)

⑶ 受遺者等又は受贈者の現物給付

第20回部会及び第21回部会において,受遺者等が現物での給付を求めた場合には受遺者等が指定する現物での給付の適否を裁判所が判断するという考え方(従前の【甲―2案】)と,受遺者等が現物での給付を求めた場合には,その請求の時に金銭債務の全部又は一部が消滅するという考え方(従前の【甲―3案】)を提案したところ,後者の考え方を前提に遺留分権利者に指定財産の拒絶権を与える考え方(部会資料20-2で掲げた考え方)を支持する意見が多数を占めたことから,今回の部会資料においては,部会資料20-2で掲げた考え方を提案として記載している。

なお,現物給付の拒絶権の時的限界()については,委員等から,2週間以内では短すぎるのではないか,1か月程度が適当ではないかという指摘があったことを踏まえ,2週間又は1か月という2つの案を提示している。

また,受贈者が現物給付の対象財産として給付できる範囲については,これまで必ずしも明らかではなかったが,遺留分を算定するための財産の価額に算入できない贈与(例えば数十年前の贈与)を含めると,当該財産が贈与の対象財産であったのか否か等が争いになる可能性もあるため,遺留分を算定するための財産の価額に算入される贈与に限ることを明確にしている(ゴシック部分においては,の柱書の贈与に限定文言を加えている。)。

2 その他の修正箇所(⑵)

部会資料20・44頁(注1)においても記載したとおり,今般の見直しは,遺留分減殺請求権の行使によって当然に物権的効力が生じるとしている現行法の規律を改め,原則金銭債権が生ずることとするものであるが,複数の減殺対象者がいる場合の減殺の順序(負担割合)を変更することを意図するものではない。そして,「」の規律は,減殺の順序を定める 民法第1033条から第1035条までについて受遺者等又は受贈者の負担額に関する規律として,その実質を維持することを提案するものである。

なお,「受遺者等又は受贈者が相続人である場合にあっては,当該相続人の遺留分額を超過した額」を遺贈等又は贈与の目的の価額とするものとしている。これは,民法第1034条の「目的の価額」に関する解釈として,受遺者等が相続人である場合にはその遺留分額を超過した額を「遺贈の目的の価額」とするという解釈が有力であり(いわゆる遺留分超過額説),判例(最判平成10年2月26日民集52巻1号274頁)もこの解釈を採用していることから,この点を明らかにすることを提案するものである。

また,現行法においても,相続分の指定や遺産分割方法の指定による遺産の取得については,遺贈等と同様,減殺の対象となっているところ,第21回部会における委員の指摘等も踏まえ,この点を明らかにする観点から,「」において「受遺者(遺産の分割の方法の指定又は相続分の指定を受けた相続人を含む。以下「受遺者等」という。)」に対し,遺留分侵害額に相当する金銭の支払請求をすることができることとし,また,「」において受遺者等は遺贈等又は贈与の目的の価額を限度として,の債務を負担するということ等を明らかにすることとしている。なお,相続分の指定が割合的にされ,減殺請求(遺留分権の行使)がされた場合については,部会資料20・45頁・(注2)にも記載したとおり,①現行法と同様に,相続分の割合が修正されるとして,その後遺産分割を行うという考え方(A説)と,②金銭債権化する以上は,遺留分権利者は,遺留分侵害額に相当する金銭しか請求することができず,遺産分割には参加することができないという考え方(B説)があるところ,遺留分権の行使によって生じる権利を原則金銭債権化する以上はB説を採用するのが自然であると考えられること,第20回部会及び第21回部会においてこの点を審議したところ,A説を採用すべきであるとの積極的な意見はなかったことから,相続分の指定を受けた相続人についても金銭請求の対象となること(B説を採用すること)を明らかにすることを提案している(注)。

(注)その他(時効の規定について)

遺留分権の行使によって当然に物権的効果が生ずるとされている現行の規律を見直し,遺留分権利者に遺留分侵害額に相当する金銭請求権を付与することにより,遺贈又は贈与に対して「減殺」するという概念はなくなるものと考えられる(遺贈又は贈与の目的の価額については,金銭債務の負担額に関する基準となる。)。これに伴い,民法第1042条の規律も,「遺留分権は,遺留分権利者が,相続の開始及び贈与又は遺贈等によりその権利を行使することができることを知った時から1年間行使しないときは,時効によって消滅する。(以下略)」などと改める必要がある。なお,現行法の「減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時」については,単に遺贈又は贈与があったことを知ったのでは足りず,遺贈又は贈与が遺留分を侵害し,減殺することができるということまで知ることを要する(大審院明治38年4月26日判決(民録11・611頁),同昭和13年2月26日判決(民集17・275)。なお,最判昭和57年11月12日(民集36巻11号2193頁)も上記大審院の判決を踏襲している。)ものとされており,上記のとおり改正したとしても,特段現行法における解釈を変更するものではない。

2 遺留分の算定方法の見直し

(補足説明)

従前の部会資料における説明から特段の変更はない。

なお,「(注)」にもあるとおり,遺留分侵害額を求める下記の計算式についても法文化することを予定している(「2・⑵」の規律(下記計算式の下線部分)を法制化する以上は,遺留分侵害額の計算式も法律上明確にする必要があるものと考えられる。現行法上,遺留分侵害額の計算方法は法律上明示されていないが,判例(最判平成8年11月26日民集50巻10号2747頁)により,下記計算式により求めるものとされ,実務上も定着しているものと思われる。)。

(計算式)

遺留分侵害額=(遺留分を算定するための財産の価額)×(総体的遺留分率(民法第1028条の遺留分の割合))×(遺留分権利者の法定相続分の割合)―(遺留分権利者が受けた特別受益)―(遺産分割の対象財産がある場合(既に遺産分割が終了している場合も含む。)には具体的相続分に応じて遺産を取得したものとした場合の当該遺産の価額(ただし,寄与分による修正は考慮しない。))+(相続開始の時に被相続人が債務を有していた場合には,その債務のうち遺留分権利者が負担する債務の額)

3 遺留分侵害額の算定における債務の取扱いに関する見直し

3 遺留分侵害額の算定における債務の取扱いに関する見直し

(補足説明)

1 金銭請求権に係る債務(遺留分侵害額)の消滅請求(①)

第16回部会において,委員から,いつまで本規律による消滅請求ができるのかという指摘があった。この点,本規律は,実質的には相殺に近い意義を有しており,また,相殺については前訴の既判力によっては遮断されないと解されていること,さらには,金銭請求訴訟で一定の金銭の支払が命じられた後,受遺者等又は受贈者が相続債務を弁済した場合に本規律の適用を排除すべきという実質的な理由は見当たらないことからすると,必ずしも本規律の適用の時的限界を設ける必要はないものと考えられる。

一方,受遺者等又は受贈者から現物給付の意思表示がされ,遺留分権利者に当該指定財産の権利が移転し金銭債権が消滅した後に本規律の適用を認めると,現物給付の効果が覆り権利関係が輻輳することにもなりかねないから,遺留分権利者が当該受遺者等又は受贈者に対して金銭債権を有している場合に限り,本規律の適用を認めるのが適当であると考えられる(注)。そのような観点から,ゴシック部分を「1・⑵の規律により負担する債務」の消滅を請求することができることとし,既に現物給付の意思表示により金銭債務が消滅している場合には,金銭債務(遺留分侵害額)の消滅請求はできないことと整理している。

(注)具体例

例えば,相続人がA,Bの2人(法定相続分は同じ。)で,被相続人がAに対し,甲不動産(2500万円)及び乙不動産(1500万円)を生前贈与し,相続債務が2000万円あったものとする。そして,Bが,Aに対し,遺留分権を行使し,1500万円((2500万+1500万―2000万)×1/2×1/2+2000万×1/2)の支払を求めたところ,Aが,乙不動産で現物給付する旨の意思表示をしたものとする。その後,Aが,Bの相続債務につき弁済をし,求償権を取得したとしても,Aが「本規律により消滅請求をした時点」では,金銭債務は存在しないとして,本規律の適用は認められないものと整理することができる。

2 求償権の処理(②)

「②」の規律は,受遺者等又は受贈者が,相続債権者に対して遺留分権利者が負担すべき債務を弁済等した場合に,求償権を取得することがあるところ,「①」の請求によって遺留分権の行使によって生ずる金銭債務が消滅した場合には,その求償権は消滅した金銭債務の限度において消滅するというものである。

「①」の消滅請求をした後に,求償権の行使を認めると,受遺者等又は受贈者が実質的に二重の利益を得ることになって相当でないが,この点の規律が必ずしも明確でないとも考えられることから,これを明確にする趣旨である(注)。

(注)具体例

相続人がA,Bの2人(法定相続分は同じ。)で,被相続人がAに対し,甲不動産(2500万円)及び乙不動産(1500万円)を生前贈与し,相続債務が2000万円あったものとする。そして,Bが,Aに対し,遺留分権を行使し,1500万円((2500万+1500万―2000万)×1/2×1/2+2000万×1/2)の支払を求め,その後,Aが,Bの相続債務につき弁済をしたものとする。

この場合,Aは,①の規律により1000万円の金銭債務(遺留分侵害額)の消滅請求をすることができ,BがAに取得した金銭請求権は500万円に減縮される。そして,AがBの負担する相続債務を弁済したことにより取得した1000万円の求償債権は,②の規律により,①の請求をした時に消滅することになる。

第5 相続の効力等(権利及び義務の承継等)に関する見直し

第5 相続の効力等(権利及び義務の承継等)に関する見直し

1 権利の承継に関する規律

(補足説明)

1 不動産又は動産に関する物権の承継(「⑴」について)

部会資料21における提案内容と同様である。

2 債権の承継に関する規律(「⑵」について)

⑵ 債権の承継

部会資料21では,遺産に属する債権について遺産分割方法の指定がされた場合について,債務者対抗要件と第三者対抗要件の規律を切り離し,債務者に対して遺言の内容を明らかにする書面を交付していなくても,受益相続人が確定日付のある証書による通知をすれば,第三者対抗要件を具備したこととする旨の規律を提示した。

しかし,これに対しては,第21回部会において,㋐債務者にとっては,どこの誰だか分からない者から確定日付のある証書による通知(いわゆる勝手通知)が来ることになり,事務処理に困る事態が生ずるおそれがある,㋑上記規律においても,民法第467条と同様,債務者の認識に基づき公示をすること(いわゆるインフォメーションセンターとしての機能)を前提とした制度設計になっているものというべきところ,第三者対抗要件の具備に関し,遺産分割等の内容を明らかにする書面の交付を不要とした場合には,債務者において確定日付のある証書による通知の意味内容を認識することができずに,インフォメーションセンターとしての機能を営むことが困難となる,といった問題点が指摘されたところである。

他方,部会資料21において,前記のような規律を設けたのは,第三者対抗要件である確定日付のある証書による通知がされた後に書面の交付がされた場合について,書面の交付時に第三者対抗要件が具備されたこととすると,債務者において,対抗要件具備の先後を的確に判断することが困難となること(第三者対抗要件としての通知につき,確定日付のある証書によることを要求する趣旨が相当程度没却されること)を考慮したものであった。

そこで,本部会資料では,これらの要請をいずれも満たすようにする観点から,確定日付のある証書による通知は,遺言の内容を明らかにする書面の交付と同時(同日)か,あるいはそれよりも後でなければならないこととし,その趣旨を明らかにするために,受益相続人による通知の場合には,「遺産分割又は遺言の内容を明らかにする書面を債務者に交付した日以後に債務者に通知をしたこと。」を要件にすることとしている。

これらの点についてどのように考えるか。

2 義務の承継に関する規律

2 義務の承継に関する規律

(補足説明)

義務の承継の承認については,部会資料21・36頁において,「相続債権者は,共同相続人の一人に対して法定相続分による義務の承継を承認したときは,(指定相続分による義務の承継を)承諾をすることができない。」(「2・②」)という規律の提案をしていたところ,第21回部会において,相続債権者が遺言の存在を知らなかった場合にも,以後,指定相続分による承継を承諾することができないものとすることは,効果として強すぎるのではないかとの指摘がされたところである。

部会資料21において,相続債権者が法定相続分による義務の承継を承認した場合に,以後当該債権者が承諾できないこととしたのは,相続人の法定安定性を確保する必要があることを考慮したものであるが,指定相続分が法定相続分を超える相続人に対して,法定相続分による権利行使をしたからといって,指定相続分による権利行使を否定する必要もないように思われる。

他方,指定相続分が法定相続分よりも少ない相続人に対して法定相続分による権利行使をし,相続債権者が弁済を受けた後に,指定相続分による義務の承継を前提とした権利行使を認めた場合に,仮に,その弁済をした相続人が相続債権者に対して不当利得返還請求をしなければならない事態が生ずるとすれば,法的安定性を害することとなり,相当でないと考えられる。もっとも,このような場合に,相続債権者が指定相続分による義務の承継を承認したとしても,相続債権者が従前の相続債務の総額を超える権利の行使が認められないのは当然であり,また,相続債権者の承諾の効果に遡及効を付与しない以上,弁済による債務消滅の効果が覆ることはないものと考えられ,相続債権者が弁済をした相続人に対して不当利得返還債務を負うという事態は生じないものと考えられる。

例えば,相続債務が1000万円で,相続人がA,Bの2名(法定相続分が各2分の1)で,その相続分を2対8と指定する旨の遺言があり,Aが相続債権者に対して,300万円を支払ったという事例を前提とすると,Aが300万円を支払うことにより,相続債務の総額は700万円となるのであって,その後に,相続債権者が指定相続分による義務の承継の承認をしたとしても,Aは相続債権者に対し100万円の不当利得をすることはできず,Bの負担する債務が100万円の限度で減縮し,700万円の債務を負うに過ぎないと解することができ,法的安定性を損なうことにはならないものと思われる。

また,このような考え方を前提としても,指定相続分の割合を超えて債務の支払をした相続人は,指定相続分を超える範囲では,これによって利益を受ける相続人に対し,求償権を行使することができるのであって,特段の不利益はないものと思われる。

そこで,本部会資料では,相続債権者は,指定相続分の割合による義務の承継を承認しない限り,法定相続分の割合による権利行使をすることができることとした上で,相続債務の一部について法定相続分の割合による権利行使をし,相続人からその弁済等を受けた場合でも,禁反言の原則に反するような場合(注)でなければ,残債務について指定相続分の割合による権利行使を認めることとしている。

これらの点についてどのように考えるか。

(注)相続債権者が遺言の存在を知らなかった場合はもとより,その内容を知った後に,法定相続分の割合による権利行使をした場合でも,それだけでは当然に指定相続分の割合による権利行使は否定されないことを前提としているが,相続債権者が遺言の内容を知った後に,相続人に対し,法定相続分による権利行使しかしない旨を明言していたような場合には,指定相続分による権利行使は禁反言の原則に反し認められないことになるものと考えられる。

3 遺言執行者がある場合における相続人の行為の効力等

3 遺言執行者がある場合における相続人の行為の効力等

(補足説明)

第21回部会においては,相続開始の前後で,相続債権者の法的地位が大きく変動し,これによって相続債権者が不利益を被るのは相当でないとして,遺言執行者がある場合でも,相続財産に対する相続債権者の権利行使は妨げられないようにすべきであるとの点については,概ね共通の理解が得られたように思われる。

他方,遺言執行者がある場合に,どの範囲で対抗要件主義を適用するのが相当かという点については,同部会においても,法律関係の明確化等の観点から,相続人の債権者や相続人からの譲受人も含め,一律にこれを採用すべきであるとする意見(中間試案の【甲案】に賛成する意見)と,【甲案】を採用すると,遺言の円滑な執行が妨げられるおそれがあるなどとして,中間試案の【乙案】に賛成する意見とに分かれたところである。

このように,中間試案の【甲案】と【乙案】のいずれかを採用すべきかについては,従前から委員等の間でも意見が分かれているが,パブリックコメントにおいては【乙案】に賛成する意見が多く,これまでの部会においても,【乙案】をベースとして検討してきたことも踏まえると,基本的には,【乙案】をベースとしつつ,相続債権者等の利益保護や法律関係の明確性等の観点から必要な手当てをするなどして,【乙案】の弊害を防止するための方策を検討するのが相当であるように思われる。

このような観点から,本部会資料では,部会資料21の【乙-2案】をベースとした考え方を掲げているが,遺言執行者の有無に関する善悪を問わずに権利行使を認める者を相続債権者に限るか,相続人の債権者もこれに含めるかについては,どちらの考え方もあり得るように思われる。

まず,相続債権者と相続人の債権者の実体法上の優先順位については,相続財産破産,限定承認及び財産分離の場合を除き,同順位とされていることからすれば,ここでも,相続債権者の権利行使を認める以上,相続人の債権者の権利行使も認めることとすることが考えられる。一般に,強制執行手続は,執行債権者の申立てに基づき,目的物を差し押さえて執行債務者の処分権を徴収し,これに基づいて目的物を売却する手続であるといわれていることからすれば,このような考え方を採る場合には,相続人の処分権を制限しながら,相続人の債権者の権利行使を認める点をどのように説明するのか問題となり得るが,相続人の処分権を制限するのは,あくまでも遺言の円滑な執行という政策的な理由に基づくものにすぎない上,遺言執行者がある場合にも,第三者との関係では,相続の開始により相続人の下に権利が移転しているものと取り扱われることに変わりはないことからすれば(注1),相続人の債権者の権利行使を認めることは理論的にも可能であると考えられる。

他方,組合においては,組合の目的である共同事業の円滑な遂行のために,組合員の債権者の組合財産に対する権利行使を禁止し,組合債権者による権利行使のみが認めてられているが,これと同様の考え方に立って,遺言執行者がある場合については,遺言の円滑な執行のために,原則として,相続財産に対する権利行使は相続債権者にのみ認め,相続人の債権者については,遺言執行者の存在について善意である場合に限り,その権利行使を認めることとすることも考えられるところである。もっとも,このような考え方に対しては,第21回部会においても,相続人の債権者の権利行使の可否がその者の善悪によって変わることとなり,執行手続等における法的安定性を害するおそれがあるとの指摘もされたところである(注2)。

これらの点についてどのように考えるか。

(注1)遺言者が遺言執行者の選任をしていない場合でも,家庭裁判所がその選任をすることができるものとされていること等に鑑みると,遺言執行者がいない場合には,遺言者から相続人への法定相続分による権利変動があるものと取り扱うにもかかわらず,遺言執行者が選任された場合には,その権利変動がないものとして取り扱うことは理論的に困難であると考えられる。

(注2)例えば,このような考え方によると,相続人の債権者がその相続人の法定相続分の割合による持分について差押えをした後に,相続債権者が配当要求をするなど,執行手続が積み重ねられた場合にも,その後にその差押債権者(相続人の債権者)が悪意であったことが判明した場合には,その執行手続は取消し得るものとなり,その法的安定性を害するおそれがあるものと考えられる。また,相続債権者による差押えによって執行手続が開始された場合についても,仮に,相続債権者において,相続人の債権者が悪意であることを理由に配当異議の申立てをすることができるとの見解に立てば,相続人の債権者の善悪について判断がされないと各債権者に対する配当額が決まらないことになって,執行手続が煩雑になるおそれがあるものと考えられる。

第6 相続人以外の者の貢献を考慮するための方策

(補足説明)

1 特別寄与者の請求権の法的性質

第19回部会では,委員等から,特別寄与者の請求権の法的性質に関する指摘が複数あり,この点と関連して,憲法第32条との関係についても指摘があった。

この点については,部会資料19-1でも言及したとおり,特別寄与者の制度は,被相続人の推定的な意思をその根拠の一つとするものであるが,その請求権の法的性質は,財産分与請求権と同様に整理することが可能であると考えられる。すなわち,財産分与請求権の法的性質について,判例は,「協議ないし審判前の分与請求権は協議・審判によって具体的内容を決定されることを要するいわば未定財産分与請求権であり,それは協議又は審判によって始めて既定財産分与請求権となるのである。…その審判手続は裁判上の形成手続である」とする段階的形成説に立っているとされており(「最高裁判所判例解説民事編昭和55年度」257頁),財産の分与に関する処分は,家事審判事項とされている(家事事件手続法第39条別表第2の4の項)。特別寄与者の請求権についても,これと同様に,特別の寄与や相続の開始といった要件が満たされることにより未確定の権利が生じるが,具体的な権利は,協議又は審判によって初めて形成されることとなるものと考えられる(注1)。

また,特別寄与者の請求権については,各相続人がその相続分に応じて責任を負うことを想定しているが,特別寄与者の請求権の全相続人に対する総額の決定が審判事項であるとすると,一人の相続人に対して行われた審判が他の相続人との関係で効力を持ってしまうこととなりかねない(注2)。そこで,③の規律を修正し,各相続人に対する個別の請求権の決定のみが審判事項であることを明確にしている。

(注1)したがって,協議又は審判前の特別寄与者には具体的な権利は認められないため,通常の民事事件として,特別の寄与の有無の確認請求や,相続人の特別寄与者に対する債務不存在の確認請求が認められる余地はないものと考えられる。もっとも,特別寄与者の請求権とは関係なく,例えば,相続人の欠格事由の有無の確認を求めることは,別途確認の利益が存する限り,必ずしも否定されるものではない。

(注2)このような事態が生ずることを回避するために,特別寄与者の請求権の全相続人に対する総額の決定が審判事項であるとした上で,必要的共同審判として,全相続人を相手方として行うとする規律を採用することも考えられる。もっとも,このような規律を採用すると,①特別寄与者の権利行使が煩雑かつ困難になる(特に,相続人の一人の行方が知れない場合などには,事実上その権利行使が不可能となりかねない。)上,②特別寄与者の配偶者など,金銭請求をする意思のない相続人をも相手方とする必要が生ずるという問題があるため,上記規律を採用することとはしていない。

2 相続をめぐる紛争の複雑化,長期化を防止するための方策

⑴ 請求権者の限定(①)

第19回部会では,委員等から,相続をめぐる紛争の複雑化,長期化を防止するためには,特別寄与者の範囲について,二親等内の親族という限定かはともかく,何らかの外縁を定めることにも合理性があるのではないかという指摘があった。他方で,ここで親族関係による限定を設けることとなると,場合によっては不相当なメッセージ性を持つ懸念もあるという指摘もあった。

この点については,このような限定が相続をめぐる紛争の複雑化,長期化を防止するために重要であることは共有されつつ,それに伴う弊害を低減させる必要があることもまた共有されているものと考えられる。その上で,現行の民法では,二親等という要件が付されている規定は存在しないため(),このような限定を維持するとしても,相続をめぐる紛争の複雑化,長期化を防止するための政策的な規律という以上の説明をすることは困難であると考えられる。

そこで,本方策が主として介護による貢献を念頭に置いていることを踏まえ,民法上扶養義務を負い得る者の範囲に合わせて,「三親等内の親族」(同法第877条)とすることが考えられる。そうすると,そのような義務を負うほど近しい関係にあり,契約などの生前の対応が類型的に困難である者を救済するための制度であるという説明がよりしやすくなり,不相当なメッセージ性を持つ懸念もある程度は払拭し得るのではないかとも考えられる。

なお,この点については,相続法の在り方をどのように考えるべきかという基本的な視点からの検討も必要であると思われる。すなわち,現行法においては,被相続人の親族でない者は,相続人が存在しない場合に特別縁故者として相続財産の分配を請求できるにとどまり,相続法の分野で親族でない者が相続人と競合することは想定されていない。本方策において,親族関係による限定を設ける場合には,相続人に準ずる身分関係を有する者については特別の寄与がある場合に限り,相続人との競合を認めることとしたという説明が可能であるが,この限定すらないこととなると,被相続人とおよそ身分関係がない者に(被相続人の親族である)相続人に対する請求を認めることになり,相続法の枠組み自体を大きく変更することにもなり得るものと考えられ,このような観点からの検討も必要であると思われる。

(注)現行の民法で「親等」の概念を含む規定には,①成年後見等の申立て権限等を画する「四親等内の親族」(同法第7条など),②親族の範囲等を画する「六親等内の血族」及び「三親等内の姻族」(同法第725条),③婚姻制限の範囲を画する「三親等内の傍系血族」(同法第734条),④扶養義務を負い得る者の範囲を画する「三親等内の親族」(同法第877条)がある。

⑵ 相続人からの催告の制度を設けることについて

第19回部会では,委員等から,相続をめぐる紛争の複雑化,長期化を防止するためには,請求を受ける立場の相続人の側から,特別寄与者に対し,本規律による請求をするかどうかについて催告をすることができる制度を設け,一定の期間内に催告に対して確答がないときには請求権が消滅する旨の規律を設けることが考えられるのではないかという趣旨の指摘がされた。しかし,特別寄与者の請求権の行使期間を短期間に制限する()ことに加えて,相続人から請求の有無を確定させる手続まで設ける必要があるか疑問がある上,相続人からの催告により,かえって請求を誘発することになりかねないと考えられる。

そこで,このような手続は設けないこととしている。

3 個別の論点に関する検討

⑴ 対価の意義(①㋐)
特別寄与者がその寄与について対価を得たとき

第19回部会では,委員から,例えば,被相続人の長男夫婦による貢献があった場合において,被相続人がこれに報いる趣旨で,長男に対して不動産を生前贈与したときは,寄与について対価を得たという要件に該当し得るのではないかという指摘があった。

この点については,特別受益に関する解釈論において,被相続人から相続人の配偶者等に対して贈与がされていた場合に,基本的には持戻しの対象としないが,特別の事情がある場合には,実質関係を考慮して持戻しの対象とするという考え方()が展開されており(「新版注釈民法(27)(補訂版)」194頁),これと同様に整理できるのではないかと考えられる。すなわち,特別の事情がある場合には,実質関係を考慮して「対価」を得たものと解釈し,特別寄与者の請求を認めないとの考え方をとることも可能ではないかと考えられる。

(注)審判例にも,①被相続人から相続人の配偶者に対して贈与がされた場合において,贈与の経緯,贈与された物の価値,性質,これにより受贈者の配偶者である相続人の受けている利益などを考慮し,実質的には被相続人から相続人に直接贈与されたのと異ならないと認められるときは,たとえ相続人の配偶者に対してされた贈与であっても,これを相続人の特別受益とみて遺産分割をすべきとするもの(福島家裁白河支部昭和55年5月24日審判・家裁月報33巻4号75頁)や,②共同相続人の子が被相続人から生計の資本として贈与を受けた場合において,そのことがその相続人が子に対する扶養義務を怠ったことに基因しているときは,実質的にはその相続人が被相続人から贈与を受けたのと選ぶところがないから,遺産分割に当たっては民法第903条を類推適用してその相続人の特別受益分とみなし,持戻し義務を認めて相続分を算定するのが公平の見地からいって相当であるとするもの(神戸家裁尼崎支部昭和47年12月28日審判・家裁月報25巻8号65頁)がある。

⑵ 特別寄与者の請求権の放棄の可否

第19回部会では,委員から,特別寄与者の請求権の放棄の可否について疑問が呈されたが,この請求権は,財産分与請求権と同様に,協議又は審判によって初めて形成されるものであるため,特段,事前の放棄に関する規律を設ける必要はないものと考えられる(もっとも,被相続人の死後も本方策に基づく権利を行使しないことを特別寄与者が繰り返し表明していたような場合には,の「一切の事情」として考慮され得ることは別論である。)。

第7 その他の論点

1 相続分の指定と遺産分割方法の指定の区別の明確化について

〔参考 部会資料19-1・16頁〕

相続分の指定と遺産分割方法の指定に関する規律の明確化

ア 甲案(遺産分割方法の指定に関する規律を明文化するもの)

① 被相続人は,〔第908条の規定によるもののほか,〕遺言で,遺産に属する特定の財産を相続人の一人又は数人に取得させる旨を定めることができるものとする。

② 相続人が①により遺産に属する財産を取得した場合において,他に遺産の分割をすべき財産があるときは,第903条の適用については,その相続人は,その財産について遺贈を受けたものとみなすものとする。

ウ 丙案(相続分の指定と遺産分割方法の指定の区別を明確化するもの)

① 被相続人が相続分の指定をする場合には,遺言にその割合を明示しなければならないものとする。

② 被相続人は,〔第908条の規定によるもののほか,〕遺言で,遺産に属する特定の財産を相続人の一人又は数人に取得させる旨を定めることができるものとする。ただし,遺留分に関する規定に違反することができないものとする。

③ 甲案の②に同じ。

部会資料19では,上記のとおり,遺言者が相続分の指定をする場合には,遺言にその割合を明示することを要するとの考え方(丙案)を掲げたところ,第19回会議においては,委員等の間においてもその賛否が分かれたところである。

部会資料19でも言及したとおり,このような考え方をとった場合には,遺産に属する特定の財産を特定の相続人に相続させる旨の遺言(遺産分割方法の指定)がされ,「その目的財産の価額」が「遺産の総額にその相続人の法定相続分を乗じた額」(以下「法定相続分額」という。)を超える場合の取扱いについて検討を要することになる。すなわち,現行法の下では,一般に,遺産分割方法の指定は,あくまでも各相続人の法定相続分額の範囲内において,その分配方法等を定めるものとの理解がされており,これを前提として,特定の相続人にその法定相続分額を超える財産を相続させる旨の遺言がされた場合には,遺産分割方法の指定と合わせて相続分の指定がされたものと理解されてきたところである。これに対し,前記のような考え方をとった場合には,もはやそのような説明をすることはできないため,丙案の②は,現行の遺産分割方法の指定とは異なる新たな遺言事項を定めたものと理解することになるように思われる。そして,このような理解を前提とすると,特定の相続人にその法定相続分額を超える財産を相続させる旨の遺言がされた場合と,相続人に対して遺贈がされた場合とではほとんど差異がないこととなり,両者の相違点は,遺贈においては,受益相続人以外の相続人がその財産の移転について義務を負うのに対し,相続させる旨の遺言においては,そのような義務を負わないこと等に限られるように思われる。

以上のとおり,相続分の指定について上記のような見直しをした場合には,現行実務において頻繁に利用されている「相続させる旨の遺言」について,その法的性質を変えることにもつながり得ることから,その影響等については慎重な検討を要するが(),部会においては,そもそもこのような考え方をとることの当否について意見が分かれている状況にあり,この点に関する規律を見直すべき要請が特段強いとも思われないこと等を考慮すると,この点については,現行法と同様,解釈に委ねるのが相当であるとも考えられる。

この点についてどのように考えるか。

(注)例えば,現行法の下では,遺言者が遺産分割の方式として換価分割を指定し,それによって得られた金銭についてその分配額を定めた場合には,その金銭の分配額が各相続人の法定相続分額を超えている場合でも,相続分の指定が併せてされたものと理解することによって,問題なくその遺言の有効性を肯定することができると考えられるが,上記のような見直しをした上で,このような遺言の有効性について疑義が生じないようにするためには,丙案の②の「遺産に属する特定の財産」に換価分割における換価代金が含まれることを明示するなどの工夫をする必要があるようにも思われる。

2 危急時遺言に関する見直しについて

第20回部会において,委員から,聴覚・言語機能障害等を有する者が遺言をする場合に関する民法第976条(死亡の危急に迫った者の遺言)第2項及び第3項並びに同法第979条(船舶遭難者の遺言)第2項の各方式は,いずれも通訳人を介するものであるが,遺言に本人の真意が反映されていることの制度的担保が不十分であるとして,民法第976条自体の削除を含め,見直しを検討する必要があるのではないかとの問題提起がされた。

確かに,民法第976条1項による方式では遺言者の署名押印が求められておらず,特に民法第976条第2項及び第3項並びに同法第979条第2項の各規定では,通訳人が本人の真意を的確に通訳してされているかどうかを本人が直接確認することとはされていない。

しかし,いずれの方式による遺言についても,家庭裁判所が遺言者の真意に出たものであるとの心証を得た上で確認をしなければ遺言の効力を生じないとされており(同法第976条第4項,第5項,同法第979条第3項,第4項),家庭裁判所による慎重な確認がされているものと考えられる(注)。

他方,民法976条1項の方式による遺言は,現に年間100件以上利用されている制度であり,これを廃止することについては,その影響等を含め,極めて慎重な検討を要するものと考えられる。特に,民法第976条第2項及び第3項並びに[ http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=129AC0000000089#1975 同法第979条]第2項の規定は,聴覚・言語機能障害等を有する者にも同法第976条又は同法第979条に定める方式による遺言をすることを可能とするために設けられたものであり,仮にこれらの規定を削除するとすれば,その代替制度の要否及びその在り方について,実情調査等を踏まえた慎重な検討が必要であると考えられる。

これらの点を考慮すると,本部会において,これらの見直しを検討することは困難であるものと考えられ,将来の課題とせざるを得ないものと考えられる。

(注)家庭裁判所調査官研修所編「家事事件の調査方法について(上巻)」法曹会(平成3年)265頁では,遺言の確認についての家庭裁判所調査官による調査として次の方法が示されている。すなわち,遺言者が生存している場合には,速やかに本人と面談調査して,遺言者の真意から出たものかを確認し,遺言者が死亡している場合には,立ち会った証人,推定相続人,受遺者,親族等を中心に遺言をするに至った事情や遺言の場における実際の手続に重点をおいて面接調査するとともに,当時の病状について医師,看護師等に面接調査又は書面照会して遺言者が真意から遺言できる状態にあったかを明らかにするというものである。